緩く物事を考えられたらいいのに・・・・・。
こころではこうだったらいいな、と思っても、現実ではその理想に追いつかない時がある。
こころはただ、こうであったらいいのにな、と思い描いているのに理想と現実のギャップが大きくて、自分では到底超えられないのではないだろうか?と益々固くなってしまう。
そして力が入り過ぎて、あり得ないことをしでかしてしまう。
そんな時、・・・・・・思う。
もっと緩く物事を考えられたらいいのになって。
今朝はそんなことをふと思って出勤前に泣いてしまった。
少しの涙と負けん気が相まって涙はそれ以上流れてこなかった。
こころで思うこと、頭で考えること、それが一致していないと私の場合は苦しくなる。
自分を肯定できなくなる。
理想に添えない自分のことを、思考の部分では否定しているので苦しさが増す。
こころのままに動きたい。
そうありたいと願う自分のままに、それを現実に反映できなくてもそれを由とできる自分でありたい。
自分を追い込まず、責めず、そのままの、できない・不甲斐ない自分もそれで由とできる自分であったらどんなに自分にやさしいことか。
自分を甘やかすのではない、どんな自分も自分の一部であるのだと思えたら、どんなに楽だろうか。
強くもなければ負けん気が人一倍高いわけでもない。
それでもそれを由とできる自分でありたい。
泣きたい時は泣いて、悔しさに泣いて、寂しさに独りで泣くことも許せて、私はわたしでいいんだと思えたらどんなに自由なことだろうか。
泣いたら負け!だと言う言葉が大嫌い。
独りで泣くのはいいじゃないかと吠えたくなる。
憎い相手の前では泣かないさ!
緩く器用に世の中を渡れない私を私が認めてあげなくちゃ。
もう、こんなことで泣きたくないから。