乳がんママと農家パパと医者むすめ -2ページ目

乳がんママと農家パパと医者むすめ

高1の4月に母が乳がんに。
高2の時にステージⅣへ。
治らないなんて信じない!反抗期やめて、医者になる!
そんなこんなで約10年経過。
そこからの日々、つれづれなるままに書いていこうと思います。

数日前コンビニにて傘パクられました。
ちーーーーーーーん。
こんにゃろーーーー。。。いや、いいことあるか!
と思って、コンビニの真ん前にあったロト6買ったら、
ハズレてました。
ちーーーーーーーん。

ハズレくじと新しい傘、コンビニで失ったもの数知れずです(大袈裟。)

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母の脳転移からも1週間弱経ちました。
笑顔で大丈夫!という母を前に、こっちがくよくよしては
絶対だめと思って、元気復活です。
無理矢理でも元気を出して、カラ元気でも泣いているよりずっといいと思って
ブログでぐちぐち行って以来笑顔キープで過ごせています。
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肝転移がわかったころ、私は受験勉強に突入していました。

母は「自分のせいで、娘の人生を変えてしまったらどうしょう・・・」と
ばかり考えていたらしいです。

こっちとしては「しんどい母に私の受験ストレスまで与えて、悪化したらどうしよう・・・」と
ばかり考えてたので、

母が「入院・ましてお葬式をすることになったら、受験というか勉強どころじゃないし・・・」と
思っていたとはつゆ知らずでした。

父も、転移が分かるまでは仕事人間中の仕事人間だったのですが
おそらく
「嫁、死ぬんか?」と思うと今までの生活がすごく間違っていたと思ったんじゃないでしょうか(笑)

突然家事をしてくれるようになりました。

お米洗って!
え?どうやって?

もー、洗うから、最後やっといて!
え?炊飯スイッチどれ?

というスタートでした。

母は抗がん剤でフラフラ
私は家事のできない父と受験にイライラ
父は仕事終わっての家事にイライラフラフラ

今思うと、あの時ピークに我が家の雰囲気悪かったかも。です。笑