今日は、3.11 東日本大震災が起きた日です。

 

毎年、Yahoo!で3.11と検索して10円寄付しています。

 

 
検索だけで10円寄付なんてYahoo!さん凄いですね。
 
あの日の事を書こうと思います。
家の地域は被災地から遠く離れているので、大きな災害もなかったのですが、
こちらの地域も、5強の揺れと 計画停電になった地域もありました。
 
あの日、とても天気が良くて、週1くらいで掃除しているダイニングの掃除をしようとしたのだけど
昼間以降から、それまで感じたことのない、妙な泥のような眠気を感じました。
泥のようなと言うのは、私と同じように3.11の大地震の数時間前に
妙な眠気を感じたという人が「泥のような」と表現していて
それから、私も同じように伝えるようになりました。
 
あの、例えようのない、でも気持ち悪さもない 全身を包むような
妙な眠気はまさに、泥のような感じでしたが、気持ち悪いとか重だるくもなく
不思議な感覚のまま 掃除していたら,グラッと大きな横揺れが来て
その横揺れはどんどん大きくなり、立っていることもままならないほどで
すぐに部屋着から、なんとか外着に着替えて、兄を呼び、
当時、飼っていた愛猫のマロンもおびえて、あちこり駆け回る中
私はすぐ逃げれるように荷物を詰め込み、外を見ると、近所の人たちがみんな
道路に出てきていました、
電柱はゆらゆらと揺れていました。
 
前の家は、その当時で、築21年近くで、2007年に床下に20万で耐震金具の設置をしてから
地震が来ても、それまでより、大きく揺れなくなったのですが、
それでも、3,11の日は、関東大震災が来た、もうこの世の終わりだと思うほどの揺れでした。
そして、少し落ち着き、テレビをつけると、そこには津波と逃げ惑う人たちと
原発から火が出ている映像が流されていて、
私はそれを見て、なんて、大変なことが起きたんだと思いました。
 
その日から、数日、何度も震度3~4の余震が来るたびに
あの、妙な眠気が起きました。
それからは、怖くて、お風呂に入るときも数日は水着で入りました。
 
床下耐震補強金具のおかげなのか、家具の倒れも食器の割れも全くなく
それでも、5強の揺れはとても怖かったです。
 
 
だから、福島の方々はどれほど怖かっただろうと思います。
 
私にできることは 検索の寄付と、あの日の事を思い出し
被災者の方々の無念を思うこと、そして震災への備えの大事さを思事しかできません。
 
本当は注文住宅を建てて 耐震等級3の震度7以上が来ても半壊もしない
丈夫な家に住めるはずでした。
 
それは、未来への安心でした。
その注文住宅を建てるはずだった土地を1000万も安価で売却し
買ったのは、近所の一番本当は大好きな幸せの町の家でした。
築2012年 その町の家も耐震等級3で 私の夢が全て叶うような街と家でした。
なのに、占い師に洗脳され、悪霊みたいなのに憑りつかれ、その家も値下げして売却し
買ってしまったのは2000年以前の 床が沈み込み、各階の床が傾き凸凹で
内壁に亀裂がある、立地も悪く古いだけのおんぼろな中古戸建でした
東急リバブルから建物検査証すら見せられずに 売られてしまいました。
 
注文住宅を建てられる未来が決まっていた10年以上前からの私の
人生の土台は、大きく揺らぎました。
 
故郷の家よりもずっともろく、おんぼろで弱い家を買ってしまったかもしれないのです。
 
私の人生は、また暗闇に閉ざされた心境になり
いつか来る、大地震に怯えるようになりました。
 
2000年以前の3階建ては、構造計算はされていても この家は地盤調査すらしていません。
当時は審査がゆるく、地盤が固い地域は3階建てでも調査もしなくてよかったのだそうです
(2000年6月からは2階建て以上は、地盤調査と 伴い地盤改良工事が義務付けられました)
 
だから、外壁にひび割れもあります。
 
命と同じくらい大事な故郷の土地を売り、夢だった注文住宅を建てる夢も叶わず
せっかく買えた 大好きな街の高性能な良い家も売却してしまい
こんなおんぼろな家を買われてしまったことに今も、毎日、しんどくなります。
 
一番 不安なのは いつか来るであろう、大地震の事です。
 
注文住宅なら あの高性能の家なら 震度7クラスが来ても安心して住み続けられたのに
おんぼろな3階建てでは、また不安です。
それでも、お金もないので、床の張替えと上張りしかできることはありません。
 
 
故郷の家に住んでいた時と同じように
また 大地震の備えをしっかりとするしかありません。