53歳の統合失調症の兄がいます。

 

兄は、15歳くらいから辛いことが起こり、

それがきっかけで 統合失調症になりました。

入院して、一時は持ち直し、元々頭の良い兄は

私立の高校に2年遅れで入学したものの当時の教育で

教師からの体罰と、クラスメートからのいじめが要因でぐすん

また悪化してしまい、デイケア通院を始め、

また20歳くらいから改善してきたけど、23歳くらいから悪化し

引きこもりと、廃人のようになり

 

2010年に3か月間、精神病院に入院しました。

この時、まだ障碍者認定を受けていなかったので

3か月で30万もかかりました。札束

 

私も父も無知だったことと、周りは、こちらが得する事は

なかなか おいそれと教えてくれないのですね・・・汗

兄は、23歳の頃から十分 障碍者認定受けて当然なほどでしたし

実際に通院もしていたのに、障碍者年金が下りたのは、2011年からでした。

病気を発症してから、20年近く経っていました。

 

一か月 約6万5千円の年金が下りた時、

父は喜びました。

でも、もっと早くもらってもおかしくありませんでした。

兄は 一度もまともに外で仕事をしたことがありません。

 

 

私は家事炊事全般をしていたけど、

朝とお昼のご飯を兄に上げることと、薬を飲ませるのは父がしていました。

 

私は昔から薬には抵抗があり、症状が目に見えて改善していない為

薬を飲ませることが悪いんじゃないかと、思い込んでいた節もあったのですが

最近の兄の病状悪化で、ようやく、兄には薬が必要だと知りました。薬

 

 

そして、どれほど、父が苦労して 兄を管理し支えてきたのか?も知る事となりました。

 

 

父が入院した昨年 9月半ばから

兄の薬を飲ませる人がいませんでした。

私は、投薬が原因で、兄が廃人のようになっていると思い込んでいたのであせる

父に よく 薬を飲ませてはいけないと言っていたため、

父は私に隠れて、薬を飲ませていたので、兄が薬を飲んでいる場面をほとんど

見ていないのです。真顔

 

 

何故、私が薬は良くないと思い込んだのか?というのも理由があります

兄の病状が悪化した25歳くらいでしょうか、

その頃から瓶入りの液体の強い薬を ご飯にかけて食べさせていたのですが

それから兄は、落ち着いてきたけど、人間らしい感情がなくなってきて

表情が乏しくなり、数年後には手が震えるようになり、これは薬が原因では?と

父に、強く、もう液体の薬は飲ませるな!と 言ったことで

錠剤に変更になり、それから、手の震えが止まり、少しずつ 表情も出てきたという

経緯があるので、それ以来、薬には嫌悪感がありました。ネガティブ

 

 

それもあり、昨年9月から

兄が薬を飲んでるところを見てなかったけど、兄の部屋の隣に

薬が大量に入っている箱があるので、兄が自分で飲んでいるとばかり思っていました

それほど 体調や症状は安定していて、落ち着いていたのです。

 

 

私は、夜のうちに 翌朝の兄のご飯をどんぶりに盛り

それを朝に、納豆と食べていました。割り箸

 

なので、薬を飲んでいるのかどうかわからなかったけど

兄の部屋の前に薬が大量に置いてあるので、自分で飲んでいるんだろうと思っていて

 

けど、その薬がなくなり

薬を入れていた2つの箱もなくなり

兄に薬は飲んでいるの? と聞くと いつも「飲んでる」

と言うので、信じてしまいましたが・・・

 

 

今年 1月にはお葬式に来てもらった人の香典から15万盗んだこと、

更に、2月くらいから、大食漢になり、夜間に何度も起きて、ご飯を食べてしまう事

うどんを一日に4人前食べてしまう事ショック

 

何度注意しても、食べてしまう事、

 

おかしい・・・

薬を飲んでるの?と聞いても、飲んでるとしか言わない

薬の袋を見せて?と言っても、見せてもくれない

 

強く言えば、激しく怒り、怒鳴られてしまうし・・・汗

 

 

平日は毎晩、中古戸建に荷物を運び、兄とフローリングの色選びをしたり

前日まで 兄は元気に自転車に乗り、一緒に荷物を運べていたのに

翌日、いきなり兄は、頭のふらつきとともに、足がもつれて、何度も倒れるようになりガーン

きっと食べ過ぎで 高血糖になぅているのではと思い

兄も当日は、ほとんど食べれない状況でした。

夜ご飯も こぼしてしまうし・・・

 

そして、一夜明けると、体調は落ち着き、倒れることはなくなったけど

兄は もう何を言っているのか分からないほどに悪化していて、

病院に相談すると、薬を飲んでいるかどうか、確認してほしい、部屋を探してほしいと言われ

 

兄がたまたま、珍しく 数時間帰ってこないので、

兄の汚すぎるもので覆いつくされた 部屋の中を探すと、ゴミ袋の中にありました

大量の薬の袋が 昨年9月半ばから 全く飲んでいなかったことが判明しました。

 

 

午後から兄は、外に出かけていき、夕方 18時半過ぎまで帰宅しないことは珍しいし

前日は、何度も家の中で倒れるほど、衰弱していたので

心配になり110番通報して、警察に来てもらいました。

 

兄が暴れて家の中が汚いのに、全部 若い警察官に見られてしまいました

なんでも、家の中で隠れている可能性があるとの事で、

押し入れやお風呂の浴槽迄、見られました・・・

 

次は私の部屋・・・と言う時

「お兄さんがスーパーの前で発見」と知らせが来て、私の部屋はなんとか見られずに済んで

警察官は出ていき、少しして、警察官とともに兄は戻ってきました。

 

 

その日の夕飯後に、約8か月ぶりに薬を飲ませると薬

当日の夜は久しぶりに 夜間に起きて夜食を食べずに安眠していたのでふとん1

安心したのですが・・・・

 

 

そして、この事で、兄には 本当に薬が必要なのだと知り

父は兄の管理をして支えて来ていたのだと本当に分かりました。

 

 

 

それとともに、母への怒りもこみ上げました。節分

 

 

母は、12年前に戻ってきてから 家族にご飯を一度も作ったことがありません

なので、兄に薬を飲ませたことも一度もないのに

偉そうに、毎日、父の悪口を言っていたのです。

 

 

行動はしないくせして、口だけは出して、悪口を言う

これは母の事です。

 

母の言葉に影響を受け、私も父が至らないと思い込んできたけど

父なりに精一杯、正しく、兄を管理していたのだと知りました。

 

 

もう 父は他界して 父にちゃんと兄を支えて来ていたんだねと

直接伝えることもできません

母は完璧に間違っていて、正しかったのは、父なんだねと、伝えることすらできません。

 

 

それが、悔しくて悔しくて、父がかわいそうでなりません。

 

 

今からでも父の祭壇に 父への思いを伝えたいです。

 

 

 

そして、本当に母は酷い人だったと、更に知る事となりました。

 

 

 

次回は、また兄の事と 父の兄の管理方法など

今、私がしている、食材を兄の大食から守る方法を書きます。鉛筆