バラナシ3日目


今日の夕方の電車でデリーに帰れる。


ただその前に、大使館に電話をして色々話をした。


大使館に行ったからって、私のこの無茶苦茶な状況がどうにもなる訳じゃないけど


昨日駅員と話したとおり、書類だけ作ってもらって、警察には行こうと思った。



で、バラナシで信用できる病院も聞いた。


私は自分の体調には、極度の心配性で、


気になるところもあったので病院でチェックしてもらいたかった。



ただ、変な病院に行くと、注射器が使いまわされ


病気が感染する可能性もあるので


政府認定のところに行った。



リキシャのおじさんにお願いして、病院まで付いて来て貰った。


カルテを作り血液検査をし

結果全部良好。


ただ、栄養不足なので、薬は出してもらった。


その日は病院で一日潰れてしまった感じだ。



インド一人旅 M子のブログ -らっしー

ちなみに、ゆいいつ食べていたヨーグルト。



インド一人旅 M子のブログ -らっしー2

美味しかった~。




夕方、デリーに向かって出発。


駅に行き、リキシャのおじさんに多めにチップを結構払い


電車に乗り込んだ。

おじさんは、私を心配してくれて、今後の事の成り行きを


電話で教えて欲しいと言っていたけど、いまだ電話していない。


いつか、連絡します・・・。


2A席は快適だった。カーテンで仕切られているし


回りもビジネスマンや、初老の夫婦と、おだやかな顔が多かった。


さらに上段の席だったので、朝方起こされることも無く

随分眠っていたと思う。



たまに夕飯の係りがまわってきて、カレーを食べた。


やっと、食べることが出来た。

お盆もそのままに、また眠った。



朝になればデリーに着くんだろう。


デリーに帰ったところで知り合いも居ないけれど

やらなきゃいけないことが有るので、それだけでも気力になる。


絶対、お金返してもらうんだ。というか


お金は良いけど今後騙される人が減るように、


Sには文句を言うんだ!



それから周囲の席の人に


デリーに行くんです。来たら言ってくださいとお願いしておいた。

またぼんやりしちゃいそうだし。


食事の係りがくれば「デリーはまだか?」と聞き、


事あるごとに周囲の人に聞いていた。


気がつけば、かなり遠くの席の男の子にも話していた。


お陰で、デリー到着直前になると


かなり遠くの席から男の子が、お父さんと一緒にやって来てくれた。


私は起きていたし、他の人からもデリーに着くことを教えてもらったので

彼にもありがとうと言った。



3時間ほど送れたけど、デリーに着いた。


やっと帰ってきた。

バラナシ2日目。


しかし心はデリー。デリーに帰りたい。



朝から駅に向かった。


9時の開店と同時にオフィスに入り、


今日・明日のチケットの空き状況を聞いた。


が、両日空きナシ。


ウェイティングリストにもびっしり名前が埋まっていた。


ダメか。結局、私は元々のチケット(明日の3A席)で帰らなきゃならないんだ。


ため息をつくと、駅員が


「君は昨日もここに来てたよね?」と言った。


昨日、オフィスでも


「最悪。Sなんか大嫌い。」と叫んでいたからか


覚えていてくれたらしい。



私は支払った額と、今までの話を簡単にすると、


「だったら、デリーに帰ったら日本大使館に行くことだね。


そこで、ある用紙を書いてくれるから、それを持って


警察に行くといいよ。」と提案してくれた。


あまりに悪徳な金額だと判断されると、


警察と一緒にその会社に行って、返金を要求できるらしい。


実際インドの警察が、私のこの数万円に対してどこまで動いてくれるか分からないけど


やらないよりは、やった方が良いやということで、デリーに帰ったら大使館に行くことにした。



その話が終わる頃、別の駅員が、「2A席なら、明日空いてるよと言ってくれた。

私はその切符を手にしてホテルに帰った。



警察かぁ・・。


インドに来て警察にお世話になるなんて思わなかった。


日本でだって、警察に関わったのなんて


ゴミ収集のおじさんを変質者と間違えてパトカー呼んだ時位だし



今後に不安を抱き、


ちょっと複雑な気分になりながらも、バラナシで買い物したり楽しんだ。

買い物は楽しかったけど、そういえば、かの有名な火葬場や、寺を


見忘れた。

それでもパンジャビーというインドの衣装を作ったりして、楽しくて


気持ちも晴れやかになって、リキシャのおじさんと良く喋っていた。



夜、リキシャのおじさんのお薦めの食堂に入った。


おじさんに、今までのありとあらゆる話をした。


面白おかしく、冗談も含めて話していたのだけれど


私があまりに軽々しく話すからか、


おじさんは真面目な顔つきになった。


そしてインドがいかに怖いところが話だした。


私と同じように、ツアーで回っていた女の子が乱暴されたり殺されたり

その話はあまりにショックだった。

知らない間に、薬を飲まされて強姦されてHIVに感染した人もいるらしい。


私と同じルートを回って同じ行動をしていた子なのに。一歩違えば私もそうだったのかな。


私もこの旅のどこかで殺されるんだろうか。


なんて恐ろしいところに来ちゃったんだろう。


結構ショックだった。目の前がぼんやりしていた。


そろそろホテルに戻りたかったので


会計のために立ち上がったのだけど、


そのまま私は倒れてしまった。


(数日食事をとっていなかったので、貧血になったんだと思う。)



倒れた、らしいけど、実際の自分の状況は良く分からず


ただ目の前が真っ白になり、周りから「どうしたの?」「なぜ座り込んでいるんだ??」という声だけが


聞こえた。


私はそのとき、自分がどうなってるのか分からず、ただ、目を開けようと必死だった。


急に目の前がハッキリとして、気がついたときは、


リキシャのおじさんと、お店の人に顔を覗き込まれていた。



左頬が微妙に痛かった。


リキシャのおじさんは


「俺が受け止めてあげたんだよ!!」


と言っていたが、顔を床に打ったらしいので


多分間に合ってなかったと思う。


でもリキシャのおじさんは、心配してくれて


薬局でポカリのようなエネルギーの粉末を買ってきてくれた。



ただ、私は飲む気がしなかった。

インド怖い。人から貰ったものなんて口にするもんか。


流石に本人にはいえなかったので、ホテルに帰ってから飲むといってカバンに粉末をしまった。



情緒不安定になった私は、Sの手配したホテルに泊まりたくなかったので


ホテルを変える事にした。


今までのホテルのフロントで、一日早いけれどチェックアウトしようとすると


「どこに行くのか?何時の電車に乗るのか?」としつこく聞かれた。


私は、Sに自分の動向を知られたくなかったので「答えたくない」と言うと


「君の会社から、必ず聞くように言われているんだ」と言われ引き下がらないので


適当にゴアに行くと伝えておいた。



それから、リキシャのおじさんは空きホテルを探しまくってくれた。


運悪く、そのときは、バラナシで試験があるらしく


インド各地から学生が集まっていて、大抵の宿がフルだった。


なんとか探してもらって5件目でやっと空き部屋が見つかった。


宿に着くと、すぐに部屋に通してもらって、少しベットに横になった。



ノックの音が聞こえて、1人のボーイがチェックインの手続きのためにやってきた。


貧血だからか、私は頭がクラクラしていて、また、インドがとても怖いところだと思っていた。


ただ立っていただけのボーイに私は、


どうか部屋には一歩も入らないで欲しい、


チェックインの手続きなら、外でするから。と懇願した。


私の異常に怯えた様子を見ると、彼は、「いったいどうしたの?」と聞いてきたけど


私は何も答えなかった。


じゃぁ、後で屋上にきてくださいとだけ言われた。



少しして屋上にあがると


ホテルのオーナーが出てきた。


彼の奥さんは日本人らしく、写真を見せてくれた。


そして私に無償でご飯をくれた。


どうしても食べられなくて、ほとんどを残してしまったので


部屋に持っていってもらった。


オーナーは遅くまで私の話を聞いてくれた。


インドの何もかもが信用できなくて怖いと話していた。


オーナーは、何かを強制することも、お金の話をすることもなく


ただ、ポジティブな話をしてくれて

明日の日の出を見ると良いと言ってくれた。



ただ、それでも私は彼の出してくれたお茶を飲むのが怖く


オーナーがトイレに行っている隙に


自分のお茶を、彼の飲みかけのグラスに注いだ。


全く口をつけないのも失礼かと思ったので(以前、他のインド人にも指摘されたので)

多少、量が減っていれば、何も言われないと思った。



ただ、グラス周辺にかなりの量のお茶をこぼしてしまい


それならいっそ、という事で、テーブル一帯にこぼすことにした。



オーナーが戻り、お茶でヒタヒタになったテーブルを見て驚いていたようだけど


私が、ごめんなさい。と言うと


気にしないで、全く気にしなくていいからと言われた。


なんだかとても申し訳なくなった。



私は一息ついて、部屋に戻って眠った。




ちなみに、オーナーは


私が倒れた原因は、私にある。と言っていた。


「ガンジス河までの道を、徒歩ではなく


リキシャーで行ったから、


ガンジス河が怒ったんだ。」


と説明してくれた。



そして


「明日の早朝、徒歩でガンジス河に行きなさい。


そして沐浴をしてきなさい。」と言ってくれた。



その行き道で誘拐に遭うリスク


沐浴で病気に感染するリスクさえなければ


そうしたいと思ったけど、リスクが高すぎるので


遠慮しておいた。

その日はほとんど眠れなかった。


一番下のベットだったので、早々に起こされ、


上のベットの人たちが降りてきた。


(3段ベットの上の人たちは、


朝になると1段目に降りてきます。)



途中、チャイを売り歩くおじさんもいたけど


人の手の物は、一滴たりとも口にするものか


という感じだったので


バラナシに付くまでは、何も口に出来なかった。


車窓から、タバコを売る子供や簡易的な家の様なものを眺めていた。


時折、名前も分からない小さな駅に停車しては、また進んでを繰り返してた。


まだバラナシには着かなそうだ。


一時間程遅れて発車したので、到着もその分遅れるんだろう。


インドの電車は本当に良く遅れると言う。


6時間くらい、普通に遅れるらしいので


到着予定時間になった時も、私はぼんやり窓の外を眺めていた。



すると、見覚えのある白人女性2人が駅を歩いていた。


彼女達は同じくバラナシに行くと言っていたアイルランド人。


彼女達は今、駅のホーム。私は車内。





あれ??



びっくりして、周囲の人に「ここってバラナシですか??」と聞くと


皆声を揃えて「バラナシ。」と言った。




時間通りに着いて、逆に慌ててしまう。



いつ発車するのが分からないので相当慌てて


荷物と人でごちゃごちゃの通路を走った。



無事ホームに降り、駅を出ると凄い人の波だった。


日曜の渋谷みたい。 さすが人口世界第二位の国。



とりあえず、ホテルから送迎が来てるはずなので


そのままホテルに行くつもりだった。



が、実際送迎の人は来ていたが、その人は徒歩だった。




送迎人 「ホテルまでの交通は自分で手配してください。」




送迎って無料、もしくは有料だとしても車で来ると思ってた。



この人は、一体何しに来たんだろう。



結局自分でリキシャを捕まえてホテルまで行かなきゃならないんだ。


Sに電話したけど「その料金は自分で払って」というので、えーと思ったけど


喧嘩しても仕方ないので、とりあえずはそのままにした。



ただ、帰りの列車のクラスだけはチェンジしたかった。


というか、むしろ、日程を一日早めて、明日にでもデリーに帰りたかった。


面と向かってSに文句を言いたかったし、絶対このツアーでは料金が高いと思った。


計算するとどうしたって合わない。



外国人専用の鉄道のオフィスに行くと、

おじさんに 



「このチケットは酷いものだよ。


タダ同然の格安ものだよ。」



と言われ、脱力。やっぱり・・・。



そしてこのチケットは格安なので返金も出来ないといわれた。


返金はどうでも良いので、1A席で明日デリーに帰る!!と言ったけど


明日も明後日も1・2A席はフルだった。



結局は諦めるしかないんだ。


予定通り、明後日の3A席で帰るしかない。


もうこうなったら仕方ない。


バラナシはバラナシで滞在するしかないんだから


そう思って、気持ちを切り替えるも・・・



その送迎人がホテルの従業員ではなく


Sと同じ会社の人間だと発覚し、相当怒った。



リキシャーの中で、バックシートを叩きながら


「 Sなんか大嫌い!!絶対絶対許さない!!


もう皆どっか行って!


私はもうホテルから一歩も出ないから!


誰にもお金なんて払わないから!!


何も見たくないし、何所にも行きたくない!!」


ホテルに着くまで、言い続けた。



あまりの怒りっぷりに、リキシャーのおじさんに


お金を払い忘れた。



そうまでして怒ったのに、やっぱりガンジス河の日没を見ないのは


同じ料金なら損な気がしたので


結局外出する事にした。


ちょっと気まずい・・・。




正直、ツアーなんて組まないで自分で手配すれば


大変だけれど楽しい旅が出来たのかもしれない。


自業自得な部分も有るし、それでもやっぱり


観光客相手に適当なことを言い続けるSにも


腹が立って仕方なかった。



リキシャのおじさんと、時間を決めて、


夕方ホテルにピックアップに来てもらうように頼んだ。



私がホテルに入ると、フロントは異様な雰囲気だった。


どうやら、さっきの送迎人から、私がかなり怒っていたのが伝わったようだ。


なんだか張り詰めた空気だった。今までのチェックイン時はこんなこと無かったのに。


鍵を貰って、部屋に入った。しばらく、ベットに横になった。




少し寝て、やっぱり気持ちを切り替えようとガンジス河へ行く。


正直、もう一円も誰にも払いたくなかった。


ボートにも300ルピーで乗れると言われたけど


体調が悪いので断った。


せめて10分だけでも!とボートのおじさんが言うので100ルピー払って、


少しだけ乗ることにした。


河から日没を見た。それはやっぱり綺麗だった。



インド一人旅 M子のブログ -ganji


ボートの上には、リキシャーのおじさんが居た。


というか、1人じゃつまらなかったので


無理やり船に乗せてしまった。



そのおじさんは、ガンジス河の水をすくって飲んでいた。


ガンジス河って、大腸菌たっぷりでかなり危険らしいので、


間違っても真似出来ない・・・。インド人の胃腸って丈夫なんだな


と思っていたら


顔に、冷たい物がかかった。



横を見ると、おじさんが


パシャパシャと私の顔に河の水をかけていた。





やめてもらえます?(泣)





女一人旅で、体調には十分気をつけていたのに、


こんなところで、大腸菌に犯されたくない。


NOー。というと、逆におじさんの方が怒り気味で



ガンジス河を何だと思ってるんだ!!と言われた。




それからリキシャーのおじさんが、


近々娘の結婚式があるから、電気屋に行くという。


私も興味があったので一緒に入った。



インドの電化製品は、なかなかの値段で


二層式の洗濯機でも8000円くらいしていた。


インド人の月給が3000円だとしたら、凄い値段。


それでもインドでは、娘を嫁に行かせるときに


家電などを揃えなければならないそう。


加えて、夫側にかなりの現金を払うらしい。


娘を持つ親としては相当な出費らしく


でも、そのお金が少なかったりすると、


娘が殺されたりもするそうだ。



それもあって、インド人はお金を稼ぐことに執着するのかもしれない。



おじさんは結構長い間、家電を選んでいた。



*この待っている間、私はSに電話をし、


まず電車について文句を言った。


(本当はデリーに帰ってから、面と向かって言おうと思ったけれど


明後日まで待てなかった。)


「女性だけの席だって行ったじゃん」 「そんな事は言っていない」


の繰り返しになり、どうにもならない。


ただ彼とは日本語で話すのでこちらが圧倒的に有利で


文句を言いたいだけ言って、ぶちっと電源を切った。



それから宿に帰った。


明日の予定をぼんやり考えていた。



そういえば電車にはキャンセル待ちのようなものがあると聞いた。


今日は、満席だと言われて諦めてしまったけど


明日もう一度駅に行って、キャンセル待ちをしてみよう。


上手く行けば、明日、デリーに帰れるかもしれない。



それから、ベットに横になった。


やっぱりご飯は食べられなかった。