バラナシ2日目。
しかし心はデリー。デリーに帰りたい。
朝から駅に向かった。
9時の開店と同時にオフィスに入り、
今日・明日のチケットの空き状況を聞いた。
が、両日空きナシ。
ウェイティングリストにもびっしり名前が埋まっていた。
ダメか。結局、私は元々のチケット(明日の3A席)で帰らなきゃならないんだ。
ため息をつくと、駅員が
「君は昨日もここに来てたよね?」と言った。
昨日、オフィスでも
「最悪。Sなんか大嫌い。」と叫んでいたからか
覚えていてくれたらしい。
私は支払った額と、今までの話を簡単にすると、
「だったら、デリーに帰ったら日本大使館に行くことだね。
そこで、ある用紙を書いてくれるから、それを持って
警察に行くといいよ。」と提案してくれた。
あまりに悪徳な金額だと判断されると、
警察と一緒にその会社に行って、返金を要求できるらしい。
実際インドの警察が、私のこの数万円に対してどこまで動いてくれるか分からないけど
やらないよりは、やった方が良いやということで、デリーに帰ったら大使館に行くことにした。
その話が終わる頃、別の駅員が、「2A席なら、明日空いてるよと言ってくれた。
私はその切符を手にしてホテルに帰った。
警察かぁ・・。
インドに来て警察にお世話になるなんて思わなかった。
日本でだって、警察に関わったのなんて
ゴミ収集のおじさんを変質者と間違えてパトカー呼んだ時位だし。
今後に不安を抱き、
ちょっと複雑な気分になりながらも、バラナシで買い物したり楽しんだ。
買い物は楽しかったけど、そういえば、かの有名な火葬場や、寺を
見忘れた。
それでもパンジャビーというインドの衣装を作ったりして、楽しくて
気持ちも晴れやかになって、リキシャのおじさんと良く喋っていた。
夜、リキシャのおじさんのお薦めの食堂に入った。
おじさんに、今までのありとあらゆる話をした。
面白おかしく、冗談も含めて話していたのだけれど
私があまりに軽々しく話すからか、
おじさんは真面目な顔つきになった。
そしてインドがいかに怖いところが話だした。
私と同じように、ツアーで回っていた女の子が乱暴されたり殺されたり
その話はあまりにショックだった。
知らない間に、薬を飲まされて強姦されてHIVに感染した人もいるらしい。
私と同じルートを回って同じ行動をしていた子なのに。一歩違えば私もそうだったのかな。
私もこの旅のどこかで殺されるんだろうか。
なんて恐ろしいところに来ちゃったんだろう。
結構ショックだった。目の前がぼんやりしていた。
そろそろホテルに戻りたかったので
会計のために立ち上がったのだけど、
そのまま私は倒れてしまった。
(数日食事をとっていなかったので、貧血になったんだと思う。)
倒れた、らしいけど、実際の自分の状況は良く分からず
ただ目の前が真っ白になり、周りから「どうしたの?」「なぜ座り込んでいるんだ??」という声だけが
聞こえた。
私はそのとき、自分がどうなってるのか分からず、ただ、目を開けようと必死だった。
急に目の前がハッキリとして、気がついたときは、
リキシャのおじさんと、お店の人に顔を覗き込まれていた。
左頬が微妙に痛かった。
リキシャのおじさんは
「俺が受け止めてあげたんだよ!!」
と言っていたが、顔を床に打ったらしいので
多分間に合ってなかったと思う。
でもリキシャのおじさんは、心配してくれて
薬局でポカリのようなエネルギーの粉末を買ってきてくれた。
ただ、私は飲む気がしなかった。
インド怖い。人から貰ったものなんて口にするもんか。
流石に本人にはいえなかったので、ホテルに帰ってから飲むといってカバンに粉末をしまった。
情緒不安定になった私は、Sの手配したホテルに泊まりたくなかったので
ホテルを変える事にした。
今までのホテルのフロントで、一日早いけれどチェックアウトしようとすると
「どこに行くのか?何時の電車に乗るのか?」としつこく聞かれた。
私は、Sに自分の動向を知られたくなかったので「答えたくない」と言うと
「君の会社から、必ず聞くように言われているんだ」と言われ引き下がらないので
適当にゴアに行くと伝えておいた。
それから、リキシャのおじさんは空きホテルを探しまくってくれた。
運悪く、そのときは、バラナシで試験があるらしく
インド各地から学生が集まっていて、大抵の宿がフルだった。
なんとか探してもらって5件目でやっと空き部屋が見つかった。
宿に着くと、すぐに部屋に通してもらって、少しベットに横になった。
ノックの音が聞こえて、1人のボーイがチェックインの手続きのためにやってきた。
貧血だからか、私は頭がクラクラしていて、また、インドがとても怖いところだと思っていた。
ただ立っていただけのボーイに私は、
どうか部屋には一歩も入らないで欲しい、
チェックインの手続きなら、外でするから。と懇願した。
私の異常に怯えた様子を見ると、彼は、「いったいどうしたの?」と聞いてきたけど
私は何も答えなかった。
じゃぁ、後で屋上にきてくださいとだけ言われた。
少しして屋上にあがると
ホテルのオーナーが出てきた。
彼の奥さんは日本人らしく、写真を見せてくれた。
そして私に無償でご飯をくれた。
どうしても食べられなくて、ほとんどを残してしまったので
部屋に持っていってもらった。
オーナーは遅くまで私の話を聞いてくれた。
インドの何もかもが信用できなくて怖いと話していた。
オーナーは、何かを強制することも、お金の話をすることもなく
ただ、ポジティブな話をしてくれて
明日の日の出を見ると良いと言ってくれた。
ただ、それでも私は彼の出してくれたお茶を飲むのが怖く
オーナーがトイレに行っている隙に
自分のお茶を、彼の飲みかけのグラスに注いだ。
全く口をつけないのも失礼かと思ったので(以前、他のインド人にも指摘されたので)
多少、量が減っていれば、何も言われないと思った。
ただ、グラス周辺にかなりの量のお茶をこぼしてしまい
それならいっそ、という事で、テーブル一帯にこぼすことにした。
オーナーが戻り、お茶でヒタヒタになったテーブルを見て驚いていたようだけど
私が、ごめんなさい。と言うと
気にしないで、全く気にしなくていいからと言われた。
なんだかとても申し訳なくなった。
私は一息ついて、部屋に戻って眠った。
ちなみに、オーナーは
私が倒れた原因は、私にある。と言っていた。
「ガンジス河までの道を、徒歩ではなく
リキシャーで行ったから、
ガンジス河が怒ったんだ。」
と説明してくれた。
そして
「明日の早朝、徒歩でガンジス河に行きなさい。
そして沐浴をしてきなさい。」と言ってくれた。
その行き道で誘拐に遭うリスクと
沐浴で病気に感染するリスクさえなければ
そうしたいと思ったけど、リスクが高すぎるので
遠慮しておいた。