私のフライトは復路の日付が選べるので

航空会社に電話すれば、明日にでも飛行機に乗れる。

ただ、それをせず、先延ばしにしてきたのは

本当は、もう少しインドを見ていたかったから。

インドの北部の街を見てみたかった。


前回のツアーでは見れなかった、のどかな街を見たかった。


ただ、1人で行くのは怖かった。


SP(ロンドン)が、”もしかしたら北部に行くかもしれない”と言っていたので


少しだけ期待していた。



昼、SPが起きていたので予定を聞いてみる


今日もJ(ロンドン・元モデル)と会うのだそうだ。


私も便乗し、J、SPと一緒に、


地下鉄に乗ってコンノートプレイス(ショッピング街)へ行くことにした。


Jはかなり謎めいた人で、


駅までの行き道で


インド人青年を1人逆ナンし


今日一日一緒に行動するように、命令 もとい、お願いしていた。

彼(以下R)は相当困っていたけれど、根負けしたのか結局付いてくる事になった。


その姿は、無償で市内のガイドをしているようなものだった。


しかもJの荷物まで持たされていた。



インド一人旅 M子のブログ -集合


左からSP、私、J、R。

モザイクかけすぎで良く分からないかもしれませんが。




さて、インドの地下鉄には女性専用シートというのがある。


日本の優先席のようなものだけど


お年よりや怪我人以外に


女性だというだけで優先的に座れる席がある。


理由をガイドRに聞いてみたけど、そういうルールだから、


と言われた。理由は分からないらしい。



そしてJはその特権を大いに利用していた。


座席に座っているインド人男性2人に声をかけ



「私達が立っているので、


譲っていただける?」



と、また、よく分からない理由で席を譲ってもらっていた。


二つあいた席の一つにJが座り、彼女は私を呼んだ。


座っていいよ、と言われたけれど、なんとなく座る気になれなかった。





そのうちお婆ちゃんが座るかもしれない、と思って空けていた席だが


気がつくとそこにはSPが座っていた。



そこ、さっき別の男性が譲ってくれた女性席・・・。


イギリス人の彼が、でかでかと書かれた


「ONLY LADYS」の文字が読めないわけが無い。


周囲のインド人男性も彼に冷たい視線を浴びせていたが、



SPは全く動じず、降車駅まで座り続けた。



これくらいの度胸がなきゃ、


世界じゃ通用しないんだなぁ(謎)と思った。



駅を降りると、わりと大きなデパートがあった。


そして中にはケンタッキーが有った。


行って見たい、インドのケンタッキー!


皆も乗り気で、行く事になった。



ケンタッキーでJはさっそく


自分の手渡されたチキンは


注文したものと違うと言って、マネージャーを呼びつけた。


どうやら、「辛く無いように調理して欲しい」と言ったようだけど


そもそも彼女が頼んだのはスパイシーチキンで、


辛くないのがいいなら普通のチキンを頼むべきだったんじゃないか。


辛く無いスパイシーチキン という


ナゾナゾの様なオーダーを、する方もする方だ。



で、ここはインドなので、彼女の要望はどこかに忘れ去られ、


普通にスパイシーチキンが出てきたんだと思う。


Jは怒っていた。


怒りながらもスパイシーチキンを食べていた。


ただ、衣をほとんど剥がしていた。


ケンタッキーの意味がもはやないくらいに、肉をボロボロに引き裂き


味のついていない中のほうだけ食べていた。



返品するつもりなら、食べなきゃいいのに・・。




そして食べ終わった頃マネージャーがやってきて


Jのお説教が始まった。多分10分くらい続いたと思う。


この状況を説明するのにどうして10分も必要だったのか分からないけど


イギリスではこんな時こうする、とか、私が辛いものを食べてどんなに嫌だったか、とか

そんな事を言ってた気がする。


結局マネージャーから、私たち全員にアイスを


サービスしてくれると言われたけど


私はもうお腹いっぱいなので断り


SPとJだけアイスを食べていた。



後半に続く




デリー2日目



2日後には飛行機の上だ。


あと数日、問題なく過ごそう。



今日は、夫婦(アメリカ・ブラジル)は2人でデリーを観光しているらしく


私が起きたとき、宿には居なかった。


逆にSP(ロンドン)は昼過ぎまで宿に居た。



彼はこれまでに数カ国回ってきたらしく


節約のためにエアコン無しの部屋に泊まっていた。


部屋をノックしようとしたら、ドアが半開きだったので中が見えた。


そこには


ベットの上で、生気を失ったSPが居た。



相当暑かったらしい・・・。



声をかけると、「オー、M。グッドモーニング。」


テノールが弱々しく響いた。



今日はSPと一緒にデリーめぐりをする事にした。



ちなみにSPの紹介。


42歳。既婚。孫も居る。


男女問わず周囲の人に話しかけて


とてもフレンドリーで良いキャラクター。



デリーの城を巡る。

城に入るときに、私が仏教徒だからか


布を渡されて、それで全身を覆わなくては成らなかった。


そしてその布が、原色(オレンジ)の花柄で


城の中でかなり目立って嫌だった。


インド一人旅 M子のブログ -遊園地

(そんなに目立たない?気にしすぎ?)


私は、この色は恥ずかしい・・と文句を言うと


SPに、君は他の宗教をもっとリスペクトしなくてはいけない、と怒られた。



しかし、インド人は躊躇なく見てくる。


いつもの三割り増しでじっくり見られた・・・。



しかも裸足にならなくてはならず、床の石が日に焼けて熱い。


まともに歩けず、飛んだり跳ねたり、



オレンジの人は暫くの間、



奇怪な動きをしていました。




その後、リキシャーのお兄さんに


サリーの店に連れて行かれた。



店の人が 「サリー買って。買って。」としつこい。


値段は500ルピーかららしい。


正直サリーは欲しかったけど、日本じゃ着る機会なんて無いし


おもちゃ程度に、やっすいサリーがあるなら買おうと思った。



「100ルピーなら買う。


100ルピーじゃなきゃ買わない。


100ルピーのサリーを出して。」 と


で無理矢理交渉してみると


店員がキョトンと驚いた顔をした。



「それは無理だよ・・。」



私は、

インド人の驚く顔を始めて見た。



牛が道を悠然と歩き、席が無ければ電車の屋根にも登り、


お金の為なら平気で嘘をつくこのインド人が、


破格で値切ると驚くんだ・・・。



インド人の驚きポイントが掴めなかったけど、本当に無理らしい。


(安いもので500ルピー、高いものだと7000ルピー以上のものまであるらしい。)


どうせ来たので、試着だけさせてもらった。



インド人のように、目鼻立ちがハッキリして


ボンキュボンのスタイルだからこそ似合うサリー。



インド一人旅 M子のブログ -サリー


寸胴な私には、驚くほど似合わなかった。


そして、何かに似てる。


尼さん? こけし?


いや・・






インド一人旅 M子のブログ -まとりょーしか


マトリョーシカだ!



インドの衣装をまとっているのに、


ロシアの民芸品になってしまった。(涙



そもそもサリーとは6mくらいの布を体に巻くのだけれど


加えて、下にブラウスとスカートが必要だった。


結局それも買わなきゃならないんだ。


三点セットでいくらになるか聞いたら


サリー + ブラウス + スカート で1200ルピー(2500円位)だそうだ。



いらない。



本当にいらないと思ったので帰ろうとすると、



「1000ルピー!」 値下げしてきたけど


いらない。



「900ルピー・・。」


いらない。



「850・・」 


「700なら買う!!」


結局、30分くらいかかって700ルピーでサリーを購入。


そもそも似合わないからいらないと言っていたのに


値切れた喜びで忘れていた。


そしてまた、値切れた喜びのあまり、


肝心の、サリーを選び忘れた。



おじさんが、勝手に選んだサリーを、袋に詰めるのを、


何も不思議に思わず見ていた。


後々かなり後悔。違う柄が良かった・・・。



夜は、宿の近くのレストランに入った。


が、あいにく満席で、


一箇所だけテーブルがあいていたけど荷物が置いてあった。



誰の荷物か分からなかったけど、


SPは良いんじゃない?な顔をして、


その席に座った。適当ー。



しばらくその荷物の主は帰ってこなかったけど


私達が食事を頼み、いざ食べると言うときに、彼女は帰ってきた。


ビックリした。


年は、いっているようだけど、彼女(以下J)はモデルのようなスタイルで、


整いすぎてる顔立ちだった。


Jもまたロンドンの出身で、早口な英語で話しかけられた。


SPは英語で返すけど、私はしどろもどろになりながらも


2人の会話を聞いていた。


どうやら彼女はアーティストなようで、今はジュエリーデザインをしているという。


過去にはモデルの経験もあるらしく、なんだか只者じゃないオーラだ。



その後、Jはとても素敵なバーがあるから飲みに行こうと言うけれど


私は、迷っていた。もう危ない橋は渡りたくない。


Jから貰ったフリスクでさえ、口に入れてすぐに、こっそり吐き出して道に捨てるほど


私は何も信用していなかった。


バーの誘いを断り、SPとJを見送り、私は宿に戻って眠った。

朝、電車でデリーに帰ってきた。


駅に着き出口を探すも迷う。


女性1人と男性2人のツアリストを見つけて


すかさず、一緒に出口まで行ってくれと頼んだ。



女性はブラジル出身で、男性はアメリカとロンドン出身だった。


ブラジルの彼女とアメリカの彼は、新婚一年目で

ロンドンの彼(以下SP)はこの電車の中で会ったらしい。



結局、私はデリーでの宿も決めていなかったので、

彼らの予約している宿まで連れて行ってもらった。



やっとインド人以外と喋れる。


私は、なんだか分からない安堵感を覚えて

三人に手短に自分の状況を話し、この後大使館に行く旨を伝えた。



すると、偶然、その夫婦もアメリカの大使館に行くという。

大使館というのは、国によって別の建物では有るけれど

エリア的には密集している。



私は、一緒に行きたいと言うと、2人は心よく引き受けてくれた。



宿で部屋を確保して、すぐに大使館に向かった。


リキシャは相変わらず高値を吹っかけてくる。


本来60ルピーほどの料金が、結局110ルピーになってしまった。


私は日本大使館で先に降り、彼女達はアメリカ大使館に向かうので別れた。



インド一人旅 M子のブログ -おーと


リキシャの中にて。




大使館に入った。


少し待ち時間があり、奥の部屋に呼ばれた。



私は、Sの詐欺に近い行為が許せなかった。


1人の男性は私の話を聞き、うーん、と唸った。

警察に届けるには、被害報告というのが必要で、

それを英語で書かなきゃいけないんだよ。


と言われ、英文でそれを書くのは、正直全く自信が無かった。



でも、そのままにすると、次の被害者が出るのは分かってるし


野放しにするのはあんまりだ・・・と思っていたら、その人が


「警察に届けるのは難しい。

ただ、僕達が、直接その会社に行って、話をする事は出来るかもしれないよ。」

と言ってくれた。


警察には届けられないけど

大使館の人が直接行ってくれるの?そんなのってありなんだ。



私は、その会社の名前や詳細を伝え

レシートや証拠になるものを全部出した。

(レシートやパンフレット等、全部取っといて良かった!)


それをコピーし終わったとき、


「じゃぁ行こうか。」と言われた。



はや!!こんなにも展開は速くなるもんなんだ。


私は大使館の綺麗な車に乗せられ、最初のあのホテルに戻った。


ホテルにSは居なかった。

彼は家族の具合が悪いらしく、実家に帰って、数日は帰ってこないという。


大使館の人がオーナーに全てを話をし、

結局このツアーはこのホテルとは関係がなく、Sが独自にやっているということ、

そして私が多く支払った分は返してくれると言った。


Sに直接文句が言えなかったことが心残りだけれど


Sの処分はオーナーがしてくれると言ったので、それで良しとした。



その後、その場にドライバーKも呼ばれ、

彼もまたこっぴどく怒られていた。


ここには書きませんが、セクハラというか

彼もそうとうマズイ事をしてたので、全部言いました。



彼はオーナーにはたかれ、私に謝ってきた。

彼のキャラクターは憎めなかったけど

やっていい事と悪い事がある。



最後に、正規料金との差額を受け取り


私達はホテルを出た。


ホテルを出て、大使館の人に

「もう早く帰ったほうが良いよ。」といわれた。


私もそのつもりだった。


私はフライトの変更が効くチケットを持っていたので

あと一週間ほど滞在する予定だったけれど、


帰れるならすぐにでも早い便に変えて日本に帰ろうと思った。



大使館の人から、フライトの変更をしてくれると言ってもらったけど

それは自分で出来るので、御礼だけ言って自分で手配することにした。


本当に大使館の方々にはお世話になりました。


感謝の気持ちが上手く言葉にならなかったのが残念でした。



ただ、最後に大使館の人が

「あのドライバーはもう働けないだろうね。」と


つぶやいたのが、ちょっと気になった。



それから例の夫婦(アメリカ・ブラジル)とSP(ロンドン)の


待つ宿に帰ると三人が心配してくれていた。


私は、全部解決したよ、大丈夫。とだけ話した。


部屋に戻って、航空会社に電話をして、


フライトの空き状況を確認したら、

本来7日後のフライトを、3日後に変更出来るといわれた。

3日後かぁ。


もう外出する気が無かったので

ホテルで無駄に過ごしちゃうかもしれないけど、それで良いやと思った。


早く日本に帰ろう。