朝7:30、ダラムシャーラに着いた。


16時間の走行の末、やっとバスから降りられる。

係員に確認すると確かに、「ここはダラムシャーラ」と言うので

降りようとしたが、M(日本人)に止められた。

他のツアリストが全く降りるそぶりを見せないらしい。



どうやら、ダラムシャーラにはバス停が2個有るようで、

ここは違うバス停みたいだ。

そういえばここには、街どころか、森以外何も無い。

というか、森だ。ここ。

危ない。もし間違えて降りていたら、いまだに私は

このインドの山奥を彷徨っていたかもしれない。

いつでも油断ならない、インド。

というか、看板立てて。インド。


そこからバスはまた20分位走り、

今度こそ本当にダラムシャーラの街に着いた。


バスから降りると、最初は、まとまっていた観光客だが

すぐに、それぞれの目的地に散っていった。


私とM(日本人)も、まずは宿探しをすることにした。


ダラムシャーラは、デリーと気候も風景も大きく違っていた。

デリーは40度くらいあったけれど

ここは25度位で、夜はジャケットが必要なくらい寒い。

そしてデリーよりも人が温和なので、居心地が良い。
 
路上で野菜を売っている人達に道を聞きつつ

宿を目指した。


ちなみにダラムシャーラの町並みは、インドというよりチベット色が強い。

亡命してきたチベット人が数多く住み、インド人と共存しているかららしい。

目の前を、オレンジ色の袈裟をまとった僧侶が歩いていった。

私はやっぱり観光客なので、分かりやすい地域の特色を見ると

興奮する。これがチベットの法王・ダライラマの住む町か。


沢山の僧侶を目撃し、

彼らの履物がスニーカーだったり

ソフトクリームを食べ歩きをしていたり

仲良しこよしの男女の僧を見かけたときは、

人間味のある僧侶を見た気がして、

ちょっと嬉しかった。


そして、私が僧侶との出会いに感激していると

Mも何かに喜んでいたので

理由を聞いてみると

「チンゲン菜が売っていた!」と言う。

日本と同じ野菜が売っていた事が嬉しかったらしい。

ただ、これまでのインド各地でもタマネギやスイカ等、

沢山の野菜を見かけたし

何故チンゲン菜に、それほど喜ぶのか分からなかったけれど

ダラムシャーラに着いて早々のMの喜び事だったので

そっとしておいた。


そしてガイドブックに載っていた宿を数件訪ね、

安い・綺麗・感じが良い宿が有ったので、そこに決めた。


そして、まずは寝た。

バスで熟睡出来なかったのか、眠くて仕方が無かった。


途中、

もったいない精神(貧乏性)が働き

起きて観光せねば  と思い、よろよろとMの部屋をノックするも、 アクティブな彼は既に街へ出かけたよう。 残念だが仕方が無いのでもう一眠りだ、 と思ったが、 宿には韓国人の女の子が居たので話しかけてみた。 彼女は英語と少しの日本語が話せ 日本が好きで、日本映画も良く見るらしい。 私は 「私も韓国に友達が居るし 貴方とももっと話がしたいよ。」と言いながらも 眠すぎたので、部屋に帰って寝てしまった。 よく考えれば、私から話しかけたのに、 眠いを理由に自分から話を打ち切ってしまった。 彼女には失礼な事をしたと思った。 インドに来て、自分がどんどんマイペースになっている気がする。 私は自称・日本人女性代表なんだ。 各国と有効な関係を築くために、言動には気をつけなければ。 インド色に染まってはいけない、と反省した。 そして、反省しながら寝た。 次に起きた時には 15時くらいになっていた。 Mの部屋に行くと、彼も帰ってきていたので ガイドブックに乗っている滝を見に行くことにした。 宿から数キロ歩いたところにあるらしい。 何分くらい歩くんだろ。 宿を出て、上り坂をしばらく歩くと、 向かいからさっきの韓国人女性が歩いてきた。 挨拶すると、彼女は今、私達の目的地(滝)まで行って来たところらしい。 滝まで歩いて10分だ、と言っていたので安心したが 結局30分くらい歩いた。10分って言ったのにー。 彼女も既に、インド色に染まっていたんだと思う。 ちなみに滝は実際見てみると 滝なのか湧き水なのか分からないくらいだった。 ただその滝にもちゃんと”絶景ポイント”のような場所が有り 有料の望遠鏡が置いてあった。それを覗くインド人も居た。 商売って、成り立つもんだなぁ。 インド旅行記 M子の一人旅 -滝 クイズ:滝は何所でしょう? 答え:私にも分かりません。
私には滝よりも、その行き・帰り道で見た街の風景の方が面白かった。 街中に突然プールが有り、そのプールサイドに修行僧が座って居る。 そしてその向かいにお寺。小さな街だけど色々と凝縮されていた。 それから宿に帰り、服を洗濯した。 風呂場で服を洗い、部屋の中に干した。 今までの場所は炎天下だったので 部屋の外でも中でも、すぐに乾いたが ダラムシャーラは涼しいのでなかなか乾かない。 インド旅行記 M子の一人旅 -洗濯  ↑ 屋上。ここにも干せるけど、女性物はやっぱり部屋干ししたい。 が、私は洗濯紐を持っていなかった。 今までは、ハンガーや手すりなどを利用して なんとかなっていたけれど、ここは干す場所が無く、困った。 細長い紐さえあれば、部屋の端から端にくくりつけて、上の写真のように 干せるのに。 長い紐、長いもの。 色々試すも、失敗。 そんなに長い紐、なかなか無い。 しかしついに、6メートルも有る、 細長い物を発見。 それは デリーで買ったサリー。 幸い柄も気に入ってなかったので、くるくるねじって縛って、洗濯紐にした。 サリー作った人、ごめんなさい・・・。でも重宝しました。 ちなみに、Mにサリーを着せてみたところ 10年ぶりくらいに『巨女』という、ゆずの曲を思い出した。 (携帯だと、動画が見れません。すみません。) ↑ 30秒くらいに出てくる、悠仁にどことなく似てた。 私が着た時のマトリョーシカより、可愛かった。 夜は宿の近くのレストランにいった。 私はカレーが食べたくなり、注文したけれど ここではナンがメニューに無かった。 インドなのにナンが無い。 カレーはあるのにナンが無い。 何故だ。 店員に言うと、一応ナンを作ってくれるらしいが 3枚以上頼んでくれ、といわれた。 3枚もナン、いらない。(泣) でも食べたかったので頼んだ。 私がナンに苦戦している間 Mは隣の席のカップルが気になっていたらしい。 私達の隣のテーブルには 日本人女性と白人男性が座っていた。 どうやらメールアドレスを交換しているらしい。 Mは、今朝も同じ日本人女性を目撃し 彼女はその時も、別の外国人男性と食事をし メールアドレスを交換していたらしい。 やっぱり日本人女性ってモテるのかなー。
あれ、そういや私も日本人女性。 しかしインドの商売人以外、声なんてかけられない。 ・・・結局、もてるかどうかは国籍じゃなく、その人次第なんだね!(涙) 夜、ホテルの屋上から星を見た。 とても綺麗だった。 そういえば今まで、旅行に行けども行けども 曇りばかりでなかなか星空を拝めなかった。 高校の時に三宅島で見た星が一番綺麗だったけど 今回は二番目くらいに、よく星が見えた。 ダラムシャーラの街明かりと星空。 かなり幻想的で、日本に帰りたくなくなる。 ぼんやりしていると Mに星空を指しながら、 「ほら。あそこにある、あれが、 お尻座だよ。 ちょっと凹みもあるでしょ。こないだ自分と友達で見つけたんだよ。」 と言われ、現実に戻って来れた気がする。 それでも、星空は綺麗でしばらく見とれていた。 このまま屋上で寝たら風邪ひくかな、と思いながら ウトウトしていると M 「お尻座がもう随分、下のほうまで動いた。」 と、お尻座中継の声が聞こえた。 確かに、お尻座は、随分動いたようだ。 明日もあるので寝ることにした。
メインの旅行記はあと2日で終わるのですが
編集に時間がかかっています。

先に、ちょっとした小話をアップします。


<生水を飲んだ話>

インドに旅行に行くと言うと
周囲の人から、インドの水道水は絶対に飲むな、と言われる。

インドで観光客が患う下痢の、主な原因は水。
ガイドブックには「飲み水はもちろん、
歯磨きやうがいの際もミネラルウォータを使ったほうが良い。」と書かれているくらいだ。

また、観光客が生水を飲んで、コレラや赤痢にかかったという話も聞いていた。
私は、女一人旅という事もあり、病気には気をつけていた。
ミネラルウォーター以外は、
屋台で売っているフルーツもジュースも口にしなかった。

が。それでも私はインド滞在中、2回、生水を口にしてしまった。


1回目は、インド滞在4日目のジャイプル。

車の運転手に『どこかで水を買いたい。店に停めて欲しい。』と頼んだところ
『買うのはもったいないよ。水飲み場で貰ってくる。』
と言って、彼は空のペットボトルを持って車を降り
数分後には、満タンになったそれを持ってきた。

私は、ツアーの運転手が持ってくる水だし
ちゃんと水飲み場でもらってくるなら
安全だろうと思って飲んでいた。

その後、
ツアー中に、噴水の水を飲む運転手を見て驚いた。
インド人って、屋外の水を飲んでも大丈夫なんだ。
やっぱりインド人と日本人は胃腸が違うな。

と、感心する私に、これは飲んでも大丈夫だと勧める運転手。


運転手「これがインドの水飲み場だよ。」

え。

・・・これ、噴水じゃないの?(゚Д゚;)

なんか、壁の割れ目から水が湧き出てるだけだけど
これが水飲み場なんだ・・・。

あ。じゃぁ、私のペットボトルの中身って、これと同じなの?

私が聞く前に、
運転手は自分の空のペットボトルを、水飲み場の水で満たしていた。


この水か。ははは・・・。飲んじゃった。
水道水より怖いや・・・。

結局1リットルほど、その水を飲んでしまったのだけれど
幸い、何とも無かった。



そして2度目は8日目のバラナシ。

その日私は貧血で倒れ、情緒不安定になっていた。

そこに、周りのインド人達が
「ガンジス河」の偉大さを話だしたので
私は、
なんか分かんないけど、ガンジス河って凄いかも

と思い始めていた。

(私は、日記では格好つけて淡々と記事を綴っていますが
実際はかなり流されやすく、
人の言葉に反応しては、右往左往していました。)

また、
ガンジス河の水を飲んだら私も救われるかも・・・と
とんでもない事を考えていた。

そして、ここバラナシでは、
水道水はガンジス河から引いている、という話がある。

何を思ったか、私は蛇口からコップ一杯分の水を汲み
一気に飲み干した。
あぁー、ガンジス河が私の中に入ってきた。
これで私も救われるんだ。

そして

三時間後にはお腹を壊し、ベットで呻いていた。
 

人数が増えてきたので、今までの登場人物をまとめました。

予備知識なので、適当に読み流してください。


S・・・インド人。
  某ホテルの従業員。独自でツアー会社も手がけてる。
  28歳。

S弟・・・インド人。Sの弟。22歳。

K・・・インド人。デリー、アグラ、ジャイプルの車の運転手。25歳。

夫婦・・・アメリカ人・ブラジル人夫婦。デリーで知り合った。25歳、28歳。

SP・・・イギリス人。デリーで知り合った。とてもフレンドリー。42歳。

J・・・イギリス人。一緒にショッピングをした元モデル。年齢不詳。

R・・・インド人。Jに逆ナンされ、デリーのガイドになった。22歳。

M・・・日本人。デリーで知り合った24歳。


ちなみに私は、M子です。Mとイニシャルかぶってました。

分かりにくくなって、すみません・・・。26歳です。


*****************************


(前半の続き)

バスの時間まであと数時間ある。
M(日本人)と私は、チケット屋を出てデリーの街をフラフラしていた。

道ばたで、1人日本人に出会ったので挨拶した。
彼は、インド滞在一ヶ月目。
三ヶ月滞在予定だったが、日本が恋しくなったので
明日帰国するらしい。

そして北部を中心に回っていた為
世界遺産のタージマハルは見なかったらしい。

インドに来て、あれを見ないのも、もったいないなぁと思ったけど
人それぞれの旅行があるので何も言わなかった。

というか、なにより、私も、

ガンジス河を前に、ヒステリックになり

ホテルから一歩も出ない宣言をした女なので

何も言えなかった。
(7日目参照 http://ameblo.jp/main1024/entry-10287772799.html
)
ふと気づくと、Mが居なかった。

あたりを見渡すと、
数メートル先の角を曲がっていくMが見えた。

私は、今話をしていた彼に別れを告げて
Mの後を追った。

Mはどうやら私が居ない事に気づいてないようで
ずんずん進んでいく。

彼の辞書に「振り返る」という文字はは無いようで・・・
見失わないように気をつけようと思い、後についた。

そして、ふと不安になる。

なんといってもここはデリー。
たとえばこのチケットが、偽物だったらどうしよう。


道端で一人のインド人青年に出会い、
私はなんとなく、バスチケットを彼に見せ
「このチケットって大丈夫かなぁ。」と相談した。


彼は、曇った表情になり、

「この会社のバスは最悪だよ。度々運転手が酒を飲み、事故を起こしているんだ。
今なら返金が出来るから、手伝ってあげるから一緒においで。」

と言ってきた。


この人の言ってる事は本当なんだろうか。
でも、代理店で買っても大丈夫だってベテラン日本人が言ってたし・・・。

迷ったけれど
時間もあるので、とりあえずは彼に付いて行く事にした。


五分ほど歩くと、また別のインド人が話しかけてきた。

この人知ってる。
以前J、SPと一緒にコンノートプレイスに行った人(ガイドR)だ。 
あの時はヒンディー語を教えてくれて良い人だったな。
(12日目参照 http://ameblo.jp/main1024/entry-10287966700.html
)

私は、Rにもまた、バスのチケットを見せ、
このチケットが偽物かどうかを聞いた。

すると、Rも

「このチケットは返金したほうがいい。

そして、今、君達が話してるインド人も、問題な奴なんだ。
僕が本当の返金手続きを教えてあげるから
僕の後についてきて。」

と言った。


もう何がなんだかわからなくなった。
いつの間にか、最初のインド人青年は居なくなってるし・・・。

Rは返金場所は、ここから10分ほど歩くというので
とりあえず、Mに返金方法だけ聞いてきてもらい
私はその場で待つ事にした。

RとMの姿が見えなくなると、私は以前のドライバーKに連絡して 
事の詳細を話した。

Kいわく、バスのチケットは安全なものだから 
返金しないで良いと言われた。

こうなると誰が本当の事を言ってるのか分からなかったけど
ここで嘘をついても、Kには何の利益も無いので
彼の言うように、このチケットは正しいものだと信じることにした。


私はRとMが戻ってくるのを待った。
結局、何故か返金は出来なかったらしい。

もう状況が何だか分からなくなっていたので

「チケットは、それで良いみたいだから行こう。」とMに言い
Rを置いてその場を去ることにした。

Rは「どこに行くの?」としきりに聞いてきたけど
私は「その辺。」と答えた。

「僕のこと信用してないの?」と言っていたけど
「信用してるよ。」と言って足早にその場を去った。

(この件で、彼らが何故嘘をついた(返金を勧めた)のか
分かりませんでした。誰か得をするんでしょうか。真相は闇の中です。)


なんか、疲れた。

歩いた距離なんて、ほんとに微々たるものだったけど
頭の中が、ごちゃごちゃしてた。
人を信じて、疑って、信じて、疑って。

Mは「こんな経験、初めてだー。」と言ってたけど
良く考えれば私は今まで、一体、何回騙されているんだろう。
初日から、毎日のように嘘をつかれて流されて・・・
全く成長出来てない・・・。

いや、それほどに、このインド人の演技力というのは
素晴らしいものなんだ。
そうだ、そう思おう。
じゃないと、自分が、本当に、馬鹿で泣けてくる・・・。

それから、Kが車で来てくれて、時間までバスの説明をしてくれたり、
なぜかサモサ(揚げ物)も奢ってくれた。

ついでに、Kの出身がダラムシャーラだったので
Mと私をKの実家に泊めてくれ
と頼んだけれど、断られてしまった。

Kは「仕事があるので、自分は実家には帰れない。」というので

「Kは来なくても良いから
 私とMだけ、Kの実家に泊めて。」 とごり押しした。

よくよく考えると、もの凄く図々しいお願いをしているのだけど
インドに居ると
周りの全員が図々しいので
気がつかなくなっていた。

ただ今回は、流石に迷惑そうだったので、大人しく引き下がった。


時間になったのでMとバスの代理店に行くと 

おじさん達が、

「じゃぁここからバス停までリキシャを用意するから、
それで行ってくれ。」 

と言った。

Mが「リキシャの料金はバス代に込みだよね?」と聞いていて

私は、”まさか、それは無いんじゃないか”と思った。
おじさんは、最初は困っていたがとうとうOKと言っていた。
 
インドって、言ったもん勝ちだな・・・。

それから少年の漕ぐリキシャに乗って、
バス停まで行った。

とちゅう、子供が寄って来て
リキシャにぶらさがったり、細かいいたずらをしていた。

こんな事は初めてだった。
インドにも、いじられキャラというのがあるようだ。
完璧になめられてる運転手が気の毒になった。


バス停に着き、
水などを買って、バスが来るのを待った。

最初は不安だった。
このチケットが正規の物なのかという事と、
バス停と言っても、何の目印も無いただの道路なので
ここにバスが来るのかという事。
でも他のツアリストが徐々に集まりはじめたので、安心した。

SP(イギリス人)と同じように、Mもまた良く人に話しかけていた。
近くに居たのはイスラエル人の集団で
行き先も一緒。ちょくちょく話すようになった。

やっとバスが来て、乗り込んだ。

目指すは北の町ダラムシャーラ。

バスの中の誰かが楽器を演奏し始め
心地よい雰囲気の中、バスは走り始めた。
ちなみに、これはツアー用のバスなのだけれど
最初のうちは、乗換えが必要な場合もある。
そしてインドのバスは、案内放送も看板も無いので
係員に聞くしかない。

幸い、前から二列目の席だったので
ことあるごとに、係員聞くことが出来た。
乗り換えも無いようなので安心した。

しばらくするとバスは街を抜け、
山や、何も無い道をひたすら走りつづけた。

ただ流石に16時間連続で走り続ける事は無く、
随所で30分休憩が入った。

一度、少し大きめのレストランがあったので
私とMは夕飯を食べる事にした。

カレーと飲み物を頼んだのだけれど
ここでもまた
お茶が、勝手に”スペシャルなお茶”に変えられていた。
もちろん料金は上乗せだ。

Mが文句を言っていた。

スペシャルなお茶、はMの注文分だったので
その戦いはMに任せて私はトイレに行った。

休憩所のトイレだったので、
利用者も多いだろうし
汚いのは、もう仕方が無い。

ただ、入って驚いた。

洋式便所の便座が無いというのは、どうしたものだろう。

インドはいつも、私の想像を超えている。

誰が一体何の目的で便座を持ち去ったのか
分からないが、無いものは仕方が無い。
私は自分の体が、便器に触れないように
用を足そうと頑張っていた。

が、運悪く、

ここで停電が起こった。

インドではちょくちょく停電が起こっていたので
それには慣れていたが、
夜のパーキングエリアのトイレで
停電になるとまた別問題。

幸い、用は足し終わっていたのだけれど
何も見えない。真っ暗。
鍵の場所も分からないくらいに暗く、
ドアが開けられない。

そして、後ろには便座のない便器。

よく分からないけど、なんか語呂的に怖い。

私のトラウマが蘇る。


私は実は、いまだに

映画リングの貞子が怖い。
(*リング・・・1998年の映画。)

とうに時代は去り、古いのは分かっている。 平成産まれのヤングにとっては もはや「なにそれ?」的なものだろうけど 私は、今だに思い出すたびに、身震いしてしまう。 そしてまた今も、思い出してしまった・・。
貞子が来る。きっと来る。
ここはインドだけど。海を越えて、
きっと・・・。

うああああああ・・・
助けて助けて。
必死で、手探りで鍵を見つけ、
慌てて外に飛び出した。
幸い、貞子は、まだインドへは到着前だったようで
私は助かった。
外に出て、周囲を見渡すと、こんなに慌てているのは私だけだった。
皆、冷静だった。

席に戻ると、Mはまだウェイターと戦っていた。
私は、「今、停電あったよねぇ?」とMに話すと
「え?停電なんてしてないよ。」と言われた。

あれ・・・トイレだけ、停電したのかな。
そういえば、私が個室から飛び出てきたとき、外は電気がついていた。
トイレの個室だけ停電・・? 電球でも切れた・・?

なんだかゾクっとして、あまり考えないようにした。

結局Mは、ウェイターに
「君が正規料金で、きちんと請求していれば
 チップをあげたのに。」と道徳を教えて、そのまま去ったらしい。

そしてまたバスに乗り込み、走り続ける事数時間。

ダラムシャーラに到着した。


到着時刻は朝の7:30くらいで、予定通りだった。 

私たちは、とりあえず宿を探し始めた。