朝 5:00。チャンディガールに着いた。
6時間立ちっぱなしだったバスを降りられた喜びに浸る間もなく
今日の宿探しをはじめる。
しかし、リキシャーで回るも、どこも満室。
(どうやらドクター会議?の日だったらしく、
インド各地から人が集まっていのが原因らしい。)
30分で4,5件、宿を探したが、空室は見つからず
宿探しにこれ以上時間を使いたくなかったので
チャンディガールでの宿泊は諦めることにした。
予定変更だ。
今、朝6時だから、11時までチャンディガールを観光して、それからバスで
デリーに帰ろう。
デリーなら空き宿も沢山あるだろう。
しかし、リキシャのおじさんは必死だった。
「あともう一件、回ろう。
俺のお薦めのホテルがあって、絶対に空室もあるから。」と言うが
それを聞くのも既に3度目だ。
(運転手は、客をホテルに連れて行くと、ホテル側から手数料を貰える。)
しかし、沢山の観光客が、路上で寝袋で寝ているところを目にしたので
宿探しは絶望的に思えた。
私は運転手の申し出を断り、お金を払ってリキシャーを後にした。
AM7:00になる頃には、帰りのバスの確保に向かった。
バスチケット購入のため、チケット売り場へ行くが混んでいる。
並んで、やっと私達の順番になり
「11時発のチケットが欲しい。
今すぐのバスでは無い。」と念を押すように
係員に伝えると、
「分かった」と言って
今すぐ発車のバスチケットをくれた。
間違っている。
あまりにテンポ良く間えていたので、
このおじさんは、もしや
お茶目でボケただけなんじゃないか?
それとも、突っ込み待ちなんだろうか・・?
とも疑ったが
真顔なその人は、真剣そのものだった。
「このチケットは間違っています。11時のバスのチケットを下さい。」と
何度も説明すると
何かが癇に障ったのか、
おじさんは、さっき支払ったお金を、乱暴に返金し
「お金は返したんだから、もう良いだろう」と
話すらもしてくれなくなってしまった。
何故おじさんが怒っているのか分からなかったが
仕方なく、チケットは予約せず、観光から戻ったらその時に買うことにした。
チケット紛争で疲れて、ベンチで一休みした。
私がウトウトしている間、Mはインド人と話をしていた。
その人いわく、私達の目的の観光名所が開くのが8時らしい。
まだ一時間以上も有るので、少し眠る事にした。
ベンチで横になっていた。
10分くらい寝たようだけれど、何故か、はっとして目が覚めた。
足元に蝿が沢山いた。
なんだか落ち着いて寝る事が出来ず
トイレに行ったり、チョコレートを買ったり、
なんだかんだで時間を潰していた。
ちなみに、通常、トイレは無料で使用できるのだが
ここのバス停のトイレは10ルピーのチップ制だった。
お金を取るくらいだから、さぞ綺麗なトイレなんだろうと入ったが
個室のドアが無かった。
便器が丸見え。
どうしてなの、インド・・・。
幸い、何個かはドア有りだったので、それを使ったが
混雑時には、ドア無しのトイレも使用されるんだろうか?、
また、消えたトイレのドアは何所に行ったんだろうか?、
とても気になった。
盗まれたんだとしたら、ドアは何処かの民家で平然と使用されているんだろうか・・・。
トイレのドアとして産まれたのに、民家のドアになるなんて
なんだか、昇級した感じかな。
良かったね、ドア。
そんなこんなで、良い時間になり
出発しよう・・・というとき事件発生。
M 「財布が無い。」
財布を紛失したらしい。
周辺や、私のバックの中も探したけど無かった。
寝てるときに取られたのか、落としたのか分からないけど
インドじゃもう見つかる可能性は無いんだろう。
幸いカード類は入っていなかったらしく
無くなったのは現金と財布本体のみ。
Mは
「財布はネパールで買ったものだ。」
と非常に悔しがっていた。
それは一個50円もしないものだったらしいが
旅行先で買ったもので、思い出はプライスレスだろう。
気持ちは分かるが、でも、やはり現金が心配だ。
いくら入ってたのか聞くと、「1000ルピーとちょっと。」 と答えた。
日本円にして2000円くらいだ。
インドでは大金ではあるけれど、それくらいで済んだのならまだ良かった。
諦めよう・・と言いかけて、気が付いてしまった。
その1000ルピーって、私のだよね?(涙)
さっきバスチケットを2人分まとめて買うために、Mに預けてた私のお金。
結局バスチケットは買えなかったけれど
観光後に、再度購入を試みるとして、Mに渡しておいたんだ。
Mは
「あの財布、友達にあげようと思っていたのに。」と残念がっていたが
私は
その財布が40個以上買えるお金を失くした。
ははは・・・。
ただ、嘆いても財布は出てこないので、気を取り直して
観光に出かけた。
目指すは、ロックガーデン。
バスで10分ほどで目的地にたどり着いた。
8時過ぎに庭につき、入ろうとすると、開園が9時と書かれていた。
一時間、早かった。というか、さっき教えてくれた人が間違えていた。
でも、これは、間違えた人が悪いのではなく
間違えた情報を信じた方が悪いのかもしれない。
余談ですが
インド人に物を訪ねるときは、最低3人には聞かなくてはならないという
暗黙のルールがある。
インド人は、適当な返事をすることが多いからだ。
ただ、これはインド人も悪意が有っての事ではないらしい。
彼らは、遠路はるばるやってきた観光客に対して
「知らない。」という返事で、会話を終えることに抵抗があるらしく
少しでも情報提供しようと、知らないことでも
知っているかのように返事をするらしい。
言ってしまえば、インド人の嘘や間違った情報は、
彼らの優しい心から産まれているという事だ。
ありがとうインド人。
一人旅で不安な旅行者に、優しさをありがとう。
・・・なんて、
納得出来ないよね ・°・(ノД`)・°・
何度、この誤情報に惑わされた事か。
今回も、この炎天下のなか、一時間待たなくてはならない。
悲しいことに周囲に店が無く、かなり強い日差しにさらされていた。
久しぶりに日焼け止めを塗ることにした。
ちなみに私は、インドに来て、初日以降、日焼け止めをつけていない。
それは、”思ったよりもインド゙の日差しが弱かったから”ではなく
”思った以上に自分の生活が堕落していた”からだ。
買ったばかりのミネラルウォーターが、十分後には沸騰しそうなこの日差しの中で
日焼け止め無しで過ごすなんて、無謀だったな・・・。
とりあえず暇だったので、塗ることにした。
バックの中で日焼け止めを探してゴソゴソすると
ビクっと人差し指に、衝撃が走った。
昨夜、慌てて荷造りをしたので、シェーバーの刃を丸出しで
リュックに入れてしまい、それで指をザックリ切ったようだ。
傷自体はたいした事はなかったのだけど、
指先から血が溢れて、地面にボタボタ落ちていった。
向こう側からインド人のおばさんが
「一体なんてトラブル!?」と驚いていた。
そのおばさんは、6人くらいの家族連れの
お母さんらしい。
14歳くらいの女の子もまた、「どうしたの?」と聞いてきた。
私は
「バックの中の物を取ろうとして、シェーバーで切ったんだ」と答えた。
女の子が
「パパ、助けてあげて!」 とお願いし
「よし!パパはお医者さんだ。まかせておけ!」と
絆創膏を取り出すパパ。
そしてママがやさしく私の指に、絆創膏を巻いてくれた。
アットホームだなぁ。
私は、人に絆創膏を巻いてもらうなんて子供の時以来で
なんだか懐かしかったし、
久しぶりに触れるインドでの優しさにも、ちょっと感動していた。
が、横から
「先に止血してから貼ったほうが良いんじゃない?」
と、冷静にMが言う。
確かに。。。。
案の定、絆創膏は、流れ出る血で赤く染まっていった。
でも、言えない。この状況で、
せっかく貼ってもらった絆創膏をはがすなんて出来ない。
まぁ、いいや。
インド人一家に厚くお礼を言うと、
彼らはニコニコしながら去っていった。
私はその場にほうり投げられた、絆創膏のゴミを見ていた。
インド人にはゴミを持ち帰るとか、
ゴミ箱に捨てるって言う概念は無いんだなぁ・・。
それから、やっと開園時間になったので中に入った。
中は岩だらけだった。
ちなみに、ロックガーデンの簡単な解説。
『ネック・チャンドという交通局員の男性が1人で作った庭。
彼は、仕事が終わると、30年の間、毎日一つずつ岩を持ち帰り、
空き地に集め、それで人形や置物を作り続けた。
それが、政府に見つかり、空き地を勝手に使った事で騒動になるも
最終的には認められて、政府公認の観光スポットになった。』
ちなみに、彼が集めた岩というのは、チャンディガールの街の開拓時に出た
廃棄物や石で、リサイクルやエコという意味でも、この庭は注目されているらしい。
しかし、私がそいういった背景を知ったのは帰国後。
その場では私はこの庭の事を何も知らなかった。
当時の日記。
『 岩ばかりだ。説明書きが無く、よくわからない。
「ゴミを捨てないで。違反者は罰金100ルピー。」という
看板を何度も目にした。
インドにも一応、ゴミ捨てのルールはあるんだ。 』
私は何を見ていたんだろう。
すばらしいよ、ネックさん。
ロックガーデンは結構広く、急いで回っても40分くらいかかった。
↑どーん、と置かれた岩。
何を意味しているのかは分からない・・・。
↑噴水もあって、涼しげ。
↑沢山の人形達。
↑人形の拡大写真。ちょっと怖い?
これを30年も作り続けてたネックさんも凄いけど
夫の趣味を黙って見守っていた奥さんも凄いと思った。
なにはともあれ、認められて良かったね。チャンド夫妻。
そして、ロックガーデンを出てから、最高裁判所に行く。
ここの観光は事前予約制なので、私達は中には入れない。
でも建築的に特徴があるらしく、外観を見るだけでも価値があるらしい。
裁判所の入り口には、銃を構えた門番が居てビックリした。
いつでも撃てるぞ!という構えだ。
そして、Mが
「一応、中に入れるか聞いてみる。」
と言って、
銃を構えた門番の前を、断りも無く通過し
受付に進んでいった。
私はビックリして、
まさか撃たれはしないだろうか、とヒヤヒヤしていたが
門番は撃たなかったし、特に注意もしなかった。
結構あっさり入れるんだね・・・。
私も後に付いていったけれど
結局予約がないと、これ以上は入れないという事で
諦めることになった。
とりあえず、目的の物は見れたし、
チャンディガールの観光を終えることにした。
私の白い布製のスニーカーを磨くという靴磨き屋を断り
鳥の死骸や牛糞の道を抜けてバス停に戻った。
それから、また同じくあの
バスのチケット売り場に戻ったけれど
朝と同じおじさんがいて、
やっぱりチケットを売ってくれなかった。
しかし、ここで諦めるわけにも行かない。
なんとしてもデリーに帰られなければ
今夜ここで野宿になってしまう。
近くにツアー会社の看板があったので
行って見た。
割高になってもいいので、ここで持っているチケットが有ったら
売ってもらおう。
ツアー会社の中に入ると
優しそうなお爺さんが居た。
「デリー行きのバスチケットが欲しい」と話すと
「それなら、バス停で買えるよ。」と返される。
「それが、バス停の係員が怒ってチケットを売ってくれない。」と
説明するも
「そんな馬鹿な話は無いよ。チケットはバス停で買えるよ。」と
ニコニコと返すおじさん。
私は、
「その馬鹿な話がまかり通ってるんだよ!」
という言葉を、やっとのことで飲み込んだ。
結局、バスの発車時間ぎりぎりに、
安いエアコン無しのバスに乗ることが出来た。
というか、こういうローカルバスはチケットが不要だった。
(乗車中に、車掌さんが回ってくるので、直接支払う。)
今まで何のための奮闘だったんだろう・・・。
バスに乗り込み、発車まで一息ついていると
窓の外に、ターバンを巻いた謎のインド人が現れた。
何故か、赤いお花を一厘くれた。
そして、私に白い紙を差し出し、
「日本語で私の良い所を書いてくれ。」という。
良いところ、と言われても、今会ったばかりの人の
何を書けばいいのだろう。
意図がわからないうえに、ちょっと怖い。
私は、紙に日本語で、”お花”とだけ書いて返した。
彼はすごく嬉しそうに、意味も聞かずに帰っていった。
なんだったのか、いまだ謎。
オチも何も無く、シュールとしか言いようが無いインド人。
そうして、バスは定刻に発車し、揺れること数時間、
16:00頃デリーに付いた。
ちなみにバスの中でMは爆睡していた。
座りながらに両手を広げて、大の字で寝ていた。
椅子は三人がけの長椅子だったのだけれど
真ん中に座っていたMは、隣のインド人の領地にまで進入し
かわいそうなインド人は小さく丸まっていた。
インド人を丸め込むって、ある意味凄いな。
それから宿を探した。
デリーの町は、数日前より観光客が増えたのか、
私のお気に入りのホテルは満室になっていた。
フロントで、別の宿を紹介してもらい、そこに決めた。
時間があったので夜はバーに行ってみた。
インド人たちがテレビでスポーツ観戦をしていた。
ちなみにインドで盛んなスポーツといえば
クリケット(野球に似ている)だが
これは1プレーに、短くても7時間ほどかかるらしい。
長い。
やっている方はもちろんだけど
観戦するほうも大変そう・・・。
公園などに行くと、
クリケットをやっている大人を毎日目にしたが
1プレーがこんなに長いって・・・仕事、どうしてるんだろうね・・・。
そんなインド人を尻目に、お酒も早々に切り上げて宿に帰った。
ちなみに、お会計はやっぱり間違っていた(゚_゚i)
細かくても、毎回計算しないと、ぼられてます。
ずぼらなO型には辛いところです。
なにはともあれ無事、デリーに帰ってこれて良かった。
そして明日、Mはインドを出国する。
私は、今後の予定について考えながら眠った。





