皆様、長らくお待たせしました。
アメブロが突然動かなくなってどれくらい経つでしょう・・・。思い返すのも怖いくらい長い時間が経ってしまいました。
本当に申し訳ありません。
今回、様々な方のお知恵を拝借して、やっとの再開となりましたが、またぞろ不具合が生じましたらその都度ご報告いたします。
とにかく、今後ともよろしく・・・温かい目で見守ってやってくださいませ。
すでに掲示板等でご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、只今、真印のサロンは東京に移転しております。
この夏、令和の幕開けと共に移転しましたが、不慣れな東京でコロコロしております。
そして、今回のブログ再開に際して、そんな新天地・東京を舞台にブログを展開していこうと考えております。
記念すべき第一回は、やはり「令和」の幕開けを寿ぐ「大嘗祭」の執り行われた皇居・大嘗宮のレポート。
11月24日(日)
千代田線二重橋前駅を降り皇居に向かうと、そこはすでに一般参観者の長い列。
手荷物検査と金属探知機を使っての軽い身体検査を済ませて坂下門より入城する。
古風な宮内庁庁舎を右手に見ながら、蓮池濠を渡ると目の前に見事な石垣と、その上に聳える冨士見櫓が現れる。
更に牛歩のように遅々として進まない人波に身を委ね、漂うように、本丸跡へと進んで行く。・・・と、やがて本丸跡の芝生の向こうに大嘗宮と思しき白木も眩い廻立殿(かいりゅうでん)と、左右の悠紀殿(ゆきでん)主基殿(すきでん)の屋根が見えてくる。
今回、屋根は茅葺ではなく板葺きに改め、大幅に建築費を削ったらしい。何か、陛下の一世一代の儀式を執り行う際に予算削減とは・・・などと思わなくないが、それとて時代に合わせて規模や姿は変遷してきたと考えれば、やはり形ではなく祈りにこそ意味があるのだと改めて納得させられる。
やがて人波は大嘗宮の前へと進む。
ひと際目を引くのは、宮の中心部分を長方形に仕切る柴垣の東西南北及び雨儀御廊下に設けられた5つの門の一つ、南神門の一見異様な姿。
神門とされるそれは、目に馴染みのある神社の鳥居なのだけれど、それは朱色でもなければ黒くも無く、木肌も荒々しい、まるで伐採されたままを立てたような御神門。
まだまだ勉強不足の私にはわかりませんが、そこにも正しく意味があるのでしょう。
そうしてまた、人波に流されるまま(逆行は出来ません)宮の周辺を時計回りに回って参観・観覧は終了。
正直、「まだまし・・・」とは言え止めどなく続く人波に押されての参観では、何ほどの共感も得られませんでしたが、ただそこで皇尊の一世一代の祈祷が行われたのだと言う感慨に深く耽ることができました。
この一般参観は、12月8日(日)まで行われています。およそ1300年間も続く神事の趣に心を泳がせてみてはいかがでしょう。
追記:大嘗宮を後にすると現れたのが、かつて五層の大天主が聳えていたであろう本丸天主台の大きな石垣。
その天主台の半ばに大ぶりの枝を開いた大樹は余りにも見事でした。その控えめな逞しさこそが日本人のあるべき姿を体現しているようで、しばし目を奪われてしまいました。



