退院から10日後、職場復帰をした。


家族からはまだ休まなきゃダメだと会うたびに言われていたのだが滝汗

 


退院後、床に落ちているホコリが気になって掃除機をかけたと実家の母に話したら、ホコリがあったって死なないんだから、休みなさいと言われた真顔

確かに、死ぬことはない笑い泣き


右腕で重い荷物を持つことは控えていたが、ある時、外食に行きドリンクバーとサラダバーのお皿を持って席に戻ろうとしたら、夫がお皿を持てるか心配して見に来たポーン

ここは温室ですか笑い泣き


本人は自分のことなので平気なものだが、そりゃあ周りの家族は心配だろうな、と申し訳なく、またありがたいと思う。



相変わらず右胸全体のビリビリした痺れと、右腕から背中にかけてのヒリヒリは続いていたが、処方された痛み止めを飲むほどではなかった。


リハビリで腕を伸ばす体操は毎日やるように言われていたので、洗濯物を干す動作もリハビリの一貫だと思ってやった。


何気に苦労したのは食事作りだ。

包丁で切る動作が、腕の付け根に響いてチカラが入れられない。

人参のような固いものは片手で切れなかったし、大根おろしもやろうとすると、夫がいつも代わってくれたニコニコ(ここは温室ですデレデレ


こういう時、利き腕を病むと不便だ。日常のちょっとした動作がキツイ時がある。


こんなんで仕事復帰?とは思ったが、今後は周りの助けを借りて生きていこうと決めていた指差し


これはスピ姉が送ってくれた謎のオーラ分析のメッセージにも書かれていた。


《今回のことは、単なる身体の問題だけじゃなく、

・これからどう生きるか

・自分をどれだけ大切にするか

・無理の仕方

・人との関わり方

を見直すタイミングにもなっている。


今は「頑張って元通りにならなきゃ」より、「これからは自分を守りながら生きる」を覚える時期。》


すっかりスピ妹になった私はこの助言を素直に聞き入れたニコニコ



そして術後、乳がんであることを受け止められるようになってから、考え方が変わった。


以前は「乳がん」という言葉を口にすることができなかったし、乳がんであることを隠したいと思っていたが、それも思わなくなった。


復帰したら、何食わぬ顔で仕事に戻ろうかキメてるくらいに思っていたが、それは絶対無理だと分かったから吹っ切れた驚き


これからは体を庇って生きていかなければならないので、できないことは無理をせず周りにお願いする。

できることは進んでやり、感謝の気持ちは忘れずに。愛

そう思うと、今仕事復帰しても何とかなるか、と思えた。



それにありがたいことに、職場では同僚が復帰を待っていてくれた飛び出すハート



半月ぶりに出勤すると、皆温かく、また体を気遣ってくれた。


仕事をし始めると、やはりついできると思って無理をしてしまいがちになるが、大変な作業場所はやらなくて済むように事前に配慮してくれた。


その分他の人に負担がかかったはずだが、困った時はお互い様だよーと言ってくれる優しい方々悲しい


当たり前じゃねーからな!と自分に言い聞かせて感謝の日々を過ごした。愛



しばらくはどうしてもチカラを入れることができなかったが、一日、一日と経つごとにできることが増え、体が回復していっているのが分かった。

人間の体ってすごいひらめき


こんなに回復するなんて、まだまだ若い証拠かな!?なんて思っていたのだが、実は貧乳は治りが早いということを乳がん仲間さんのブログを通して知ったあんぐり

どおりで!泣き笑い




そして仲の良い同僚がサプライズで退院祝いもしてくれた飛び出すハート



この職についてまだ3年だが、本当に人に恵まれた。
この仲間がいなかったら、こんなに前向きに仕事に行きたいと思わなかっただろう。

入院前日、職場の駐車場で号泣したあの日。
当たり前の日常を送れることがどんなにかけがえのないものなのか、痛感した。
仕事に行きたくない、なんてどれほど贅沢な悩みだろうか。

あの日があったから今は、毎日仕事に行けるだけで嬉しくて楽しくて幸せだ。



いつもの毎日は、奇跡の毎日なのだ。


この奇跡がずっと続きますように。