4月から通い始めたフランス語
は、Quoi de neuf? でレッスン開始。
英語で言うところのWhat's new? 日本語で言うならば「最近どう?面白い事あった?」
語学力うんぬんだけではなく、会話力や社交力が問われる一面でもありまする。
今の私の仏語レベルは、スピーチしても3分クッキング完成まで持ちこたえぬ状況なので、
レッスン当日の早朝に焦りながら予習・学習したうえで、ネタ披露?に励んでおります。
80分(40分X2ラウンド)はあっという間に終了
レッスン後は、心地よい充実感と同時に、自分に対するもどかしさと悔しさが湧き上がり、
ブツブツと怪しい独り言ならぬ微妙なフランス語を口にしながら家路に向かうのでありました
勉強において予習が大切なように、仕事においても対面する相手や事柄について
事前にリサーチするのは当然のこと。
お互いの貴重な時間を尊重し有効活用するためであることはもちろんだけれど、
自分も相手に値踏みされていることを忘れてはいけないのだ
勉強や仕事における「予習」といった場合、自分が知らない事実の習得や情報収集が中心となり、
必要に応じてそれらに基き質問や提案を考える、というのが基本のプロセス。
では、人と会う場合のその「人」に関する「予習」となると、どうなるか。
往々にして、断片的な事実もしくは事実と思われることに、自分の価値観に基いた偏見を
付帯させてしまう傾向があるような気がします。(え?もしや私だけ??)
事実は事実として把握しながらも、思い込みを排しニュートラルなスタンスで目の前にいる相手と
対峙すべきなのに、無意識のうちにかけてしまっている「色眼鏡」
好むと好まざるとに関わらず、耳に入ってくる「あの人って○△だよ」という情報。
○△が事実であればそれは単なる事実として、形容詞であればそれはそれを口にした本人の
価値観に基づくオピニオンであることを明確にして「聴く
」ようにしなくてはなんだよね。
予習は大切だけれど、本来の意味を見失って変な色の眼鏡を着用しないようにしたいものです。