このお話は、私の5歳上の兄が
当時小学校1年生〜3年生にかけての
エピソードです。
私と兄は両親が働いていた東京で生まれ
しばらく親子4人で暮らしていました。
しかし兄が7歳の頃祖父が倒れてしまい
長男だった父親が西の方にある実家に帰る形で
父の地元に暮らすことになりました。
当時私は2歳。母は福島生まれで
突然地方にやってきたので友達0人。
そんな中
兄がいじめられていることが発覚しました。
パンダ兄 9歳 小学3年生
(私は4歳になっています)
健吾くん 9歳 パンダ兄と同級生
健吾くんの兄 11歳 小学5年生
健吾兄弟の母 高校教師
父親(夫)は何も言わない人だそうだ。
山本さん:見た目は少しぶっきらぼうそうな印象だが
話すと優しい。7歳・9歳・11歳の男の子の母
小学校の PTA会長をしていて
自営業もされている。
本田さん:パンダ兄と同じクラスに、みゆきちゃん
というお嬢さんがいる。
健吾くん
「・・・・・・・・・
お兄ちゃんと一緒に暮らせるなら・・
お父さんと3人でもいい。」
本当は、母親に愛されたかったはず。
どうして兄と比べられて
どうして兄だけ愛されているのか
わからなかったはず。
こんな風になると
兄のことも恨んでしまいそうなものだが
兄のことは好きなのだ。
そういえば、
パンダ兄が一年生の時に
健吾兄は健吾くんに
何かと指示を出していたこともあったが
今、健吾くんがパンダ兄に
ちょっかいをかけていたのは
健吾兄くんに、
見てもらいたいからなのだろうか。
健吾母
「どうして3人なの?
おかしいでしょ?!」
健吾父
「この健吾の様子を見て、
健吾が言っていることがおかしいとか
そう思うことしか出来ないなら、、
もう、お前がおかしいよ、、
教師としてもどうかと思っていたが
母親としてももう、今後子供達と、、」
校長先生
「お父さん、、そういう話は、、」
健吾父
「でも、もうここまできたら
オブラートに包むわけには
いかんのですよ。
現実を見てなかったのは
私も同罪です。
これからどうやっても
子供達を助けていきたいですけど
傷つけたのは、、、
気づかなかった私も同じなんです。」
健吾母
「何よ!私だって、、
私だってずっと必死で・・
うぅ・・・」
健吾母が突然その場で泣き崩れる。
今だったらパンダ母は
(健吾母のことをこの後
病院に連れて行ったかもしれない)
と言っていた。
(もしかしたら
何かの病気だったのかもしれない
治療して治るなら、
その病気に向き合ってもらって
家族で再生出来る道も
あったのかもしれないのに)と。
健吾父
「必死なのと、
自分の子供を区別するのと
何が関係あるんだよ。
泣きたいのは健吾の方だろう!」
健吾父は、健吾くんに目線を合わせ
しっかりと見つめる。
健吾父
「健吾は、、お兄ちゃんのこと
恨んでないのか?
お兄ちゃんばかりが
お母さんに可愛がられて
辛いと思ったことはないのか?」
健吾くん「恨むって?」
健吾父
「あぁ、、、そうだな、、
えぇと、、お兄ちゃんのことが
嫌いになったりしなかったのか?」
健吾くん
「お兄ちゃんは優しいから
嫌いになんかならないけど
お母さんの前ではあんまり
僕と話さないようにしてたから・・」
もう、聞けば聞くほど最低で
涙が出てくるが
こんなエピソードは健吾くんの口から
まだまだ出てくるのだった。
※ この母親の生い立ちがどうだったのか気になると
いくつかコメントがありましたが
それはパンダ母もあまり詳しくは聞いてないものの
次の記事で書いていきたいと思います。
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