昨年来、激昂した人に激烈に罵倒される体験を何度もした。
多分大人になってからこれほど罵倒される体験はあまり一般的ではないだろうと思えるほどの激しさだ。
それはもちろん心地よいものではない。
とても嫌な気持ちにもなる。
反省すべき共感点があれば、反省したり落ち込んだりもする。
しかし、ずっとそういう気分でいるわけではないし、いまも僕は普通にこうしている。
楽しいこともたくさんあるし食欲もある。テレビをみて本気で笑う。
そして、気付いたことがある。
怒りは、怒ったその本人を不幸にするのではないか。
罵倒すればするほど自分自身の何かが壊れていくのではないか。
一度むき出しにした敵意、攻撃性は、たとえ引っ込めてももう隠せない。
取り返しはつかないだろう。
それに何よりも、引っ込めたところで、その人の内部でくすぶっているなら同じこと。
怒りの感情は、危険だ。
きっとご飯は美味しくないだろう。
夜も健やかに眠れないだろう。
それは幸せとは言えない。
理不尽なことはたくさんあるし、許せないと思える事件など、掃いて捨てるほどある。
すべてを許せるわけではない。
それでも、僕は怒りを手なずけてコントロールしたい。
僕は幸せになりたい。
自分の大切な人にも、そうではない人たちにも、幸せになってもらいたい。
そのためには、怒るよりも笑顔で生きてゆきたい。
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