「人は誰でもすべての道のりを歩んで行かねばならない。とくに芸術の世界には安易な近道などないのである。
古いラテン語の格言、“Festina lente”(ゆっくり急げ)こそが、芸術家を目指す者すべてにとっての黄金律であると言わねばならない。」
ー「マリア・カラス オペラの歌い方」
ニコラ・レッシーニョ“はじめに”よりー
お盆からひどい咳が治まらず、
8月26日、朝起きて「なんか痛い」
というところから始まった、肋骨の疲労骨折。
日常生活する分には大丈夫でしたが、歌うとなると話は別でした。
通常は治るのに一ヶ月かかると言われ、最初のうちはバストバンド装着。
バストバンドは、息を吐いたところできつく巻いて胸部を固定する為、強制的に肺が広がらない状態を作ることになります。
単純に痛いという事もあり、しばらくは歌の練習も控えていたけれど、9月10日からは12月本番のオペレッタ「こうもり」の稽古も始まり、のんびりしている場合でもありません。
しかし、それまで就寝時以外はベルトで締めて生活していた為、外して歌ってみても息の感覚が分からない。
脳が指令を出しても、筋肉が連動しないのです。
歌う為の呼吸の機能が一気に落ちてしまった。
鍛えるのに時間かがかかっても、衰えるのは一瞬なのだ、と頭では分かっていても、ここまで体感したことはなかった。
この期間、「貴方の身体に息が入ってないよ」と教えてくれたのは、モーツァルトの「魔笛」夜の女王のアリアでした。
“フレーズを歌いきる為、また、安定した高音を出すためには、最低これだけの息が必要だ”というのを身体が覚えていて、瞬発的にポンと身体に入れようとする。
でも思ってる感じに身体が開いてくれないから、あれ?と思うし、痛い。
この一曲を歌いきるだけでゼーハーと息が上がってフラフラになり…
その状況が今の自分の身体の状態を教えてくれるのと同時に、
「夜の女王の一曲歌うって、これだけのエネルギーが必要だったのか…!」と驚いた。
“これは大変だ”
と本当の意味で自覚したのが9月11日。
(その日のレッスンで言われる事が全く分からなかった。身体の感覚として。)
そこからは痛みの様子を見ながら息のトレーニングを続けて、ここ数日でやっと戻り始めたかな?という感じ。
マイナスからゼロに向かって動き出したところです。
この1ヶ月…というよりこの1年間、
とにかくよく考えました。
歌を歌って生きるとは何なのか。
お盆から歌えなかった1ヶ月半、
振り返ってみると、苦しかったのかもしれない。
よく分からないけど。
今日はオーディションです。
区切りにしたい。
ソプラノ 楠野麻衣