首吊りで死にきれず、
親に泣かれて、心苦しさを覚えた。
しかし、二十代半ばで職もない人間だ。
自ら死を選んだ際に捨ててしまったものも多く、
それは思い出の品や日常品だけではなく、
生きる意思、そのものだった。
つまり、僕は一度死んだ。
僕の物語は完結した。
だからこそ、今の自分の現状を何も思わない。
仕事を探してはいるが、それは親のためだ。
親が生きろというから生きている。
死んで良いと言われたら、僕はすぐにでも死ねるだろう。
首を吊ったあの日、あの瞬間、
確かに心の底に恐怖はあったが、
それよりもようやく解放されるという安堵があった。
それなのにまだ僕は生きている。
自己満足に浸り、
ただただ誰の目にも止まらない文章を書き続けている。
完結した作品に要らない蛇足をつけて何になる?
どうして、これほどくだらない人生になったのかを考えると、
僕には欲が必要だったのだと思う。
僕には大した欲が無かった。
家、車、恋人、ブランド品、
その他諸々、何一つとして興味が無い。
生きていた理由は、親を看取ることだけだった。
しかし、
それは荒れていた兄弟にそれを任せるのが心配だったからだ。
時間の経過で彼らはまともになった。
今では僕よりもよほど立派だ。
だからこそ、あの日僕は自殺した。
しかし、未遂に終わり、空しさだけが残った。
あぁ、親に愛されないことが哀しいなんて、
そんなことはない。
これから仕事に就いたとしても、僕は思い続けるだろう。
早く親に死んで欲しいと。
そうすれば、何の憂いもなく、今度こそ僕は眠れる。
もしくは、自殺が駄目だと言うのなら、
せめて眠っている間に病気で逝けたら、
道を歩いている時、車に轢かれて逝けたらと、
そんなことを考えながら、僕は日々を生きている。
また明日も起きるのだろうか?
このくだらない物語の続編はいつまで続くのだろうか。