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あまり意味のない日常のこまごましたこと。

あと、一月ほどでアメブロをはじめて二年である。

そうじの実況をすれば片付くかと思いきやそれも挫折し、当初の目的からはずれ、お出かけ日記になり、雑学自慢になり、今はたまに更新する音楽ブログになっている。


ブログは基本的に「盛る」(=よく見せる)もので、それを揶揄するのが世の常である。

しかし、絵でも写真でもそれなりに書いたり撮ったりするものであり、作文でもなんでもカタチにするものだから、そういう揚げ足取りはいかがなものかと思う。


たしかに、「こんなもの買ってしまいました!」書かれても、ソレガドウシタと思わないでもない。

旅行ばかりしている人はどこからそういう金と時間をねん出するのかと思う。


適当に自らをおとしめつつ、それでいて適度にかっこよく見せる、ようするに適度な塩と砂糖の按配ということか。


このあいだ、缶コーヒーCМで。「前から歩いている人にぶつかりそうになりながらスマートホンで情報を集めている人がいるが、遠くの知らない人の情報より目の前の人ことをもっとよく見たほうがいい」というのがあって笑ってしまった。


自分の写真を載せてしまう人がいて、ものすごくフェアだとは思うが、それもどうかと思う。

特に二十代くらいの女の人が多い・・というか記憶に残る。

まあ、写りがいいころだからな。

携帯片手に、ちらっと私みたいなのやつである。


おっさんである私も真似をしてみた。


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さすがに顔はさらせません。

自他ともに認めるきもいおっさんです。

フェイスブックは死んでもやりません。


まあ、一番しょうもないことを書いているのはこういう意味のない記事です。

ここまで読んだ奇特な人があればすいません。


ブログネタもないので、手持ちの音楽ソフトの紹介

ユーロビートのアナログ(レコード盤)から



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愛の東京コール

水商売ネタのコミックスソングです。

ユーロビートバージョンと普通のバージョンがあり、ユーロの方はふりもあり、YOU TUBEで見られます。




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Amazing love

FOLDER5

2000年ころのヒット曲。世の中パラパラブームで、この曲もユーロビートの編曲になっています。

歌詞がポジティヴでした。



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ナンダカンダ

藤井隆

これも、2000年ころのJユーロ(ユーロビートに編曲された日本語のポップ音楽←適当な定義です)

多分、流行に乗った企画ものということだったのだろうか?



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Dancing at Twinstar

Tri-Star

ジャケットを見ると1998年発売となっています。

日本のクラブ(ディスコ)をテーマにした曲。

A面 ①イックステンドバージョン②アカペラ 

B面 ①I lvoe HI-NRG MINI MIX、 の計3バージョン

さらに、おまけとして②DANCING IN MAHARAJA-BONUS RADIO MIX という構成になっています。






今日も、いけないと思いつつ、アメーバピグのチャンネルに居座ってしましった・・

やることあったのに。

今から少し作業を。

法事や家庭の事務的なことがあり、ほぼ二か月ぶりに時間がすこしできた。

久しぶりに大阪(梅田)に行ったが、暑いなんてものではなかった。

蒸し器の中にいるのかと思った。

自分の経験から言うと、京都と名古屋が日本で最も暑いと思う。

東京と大阪よりもである。

電車で行けばいいものを、車で行き、渋滞に巻き込まれる。ああ、世間は盆休みか。

水曜から初めて盆休みというものが取れる。

父親の法事が一気にここで片付く。



はじめてクラブ(ディスコ?このへんの区分けはあってないようなものである)は、名古屋のabeamであった。数年前まであって、たまに行っていたのだがなくなるとさみしいものである。

1994年10月であった。

社会に出て数年いろいろ疲れたりして、自分のために生きないといけないのかなあと思い始めたころである。

音楽離れしていていろいろなものを聞いてみたいなと思い、一度、行っておくかという軽い気持ちで8時という早めの時間、金曜日に入る。


当初、とくに特徴のないハウスミュージックがかかっていてとくにもりあがりもせず、こんなものかなと思い、ぼんやりとフロアを眺めていたところ、急に照明がきらきらしだして、МCが入りだす。

Fмで毎週、中継される金曜だったらしい。


80年代、90年代のメジャーな洋楽から、ディスコ・クラブ系のヒット、ようするにFMのリスナーでもわかりやすいようなものを織り交ぜつつ、当時、全盛を極めていたハイパーテクノが流れる。


もちろん、人でごった返して茫然とするしかなかった。

すべてにおいて華やかで、きらびやかな、これしかないという状況が展開されたのである。

自分の曲の好みにあまりにもヒットして、この日にこの店でないとたぶん、ダンスミュージックのマニアにはならなかったかもしれない。


それから、あちこちのクラブに通う自分の90年代がはじまるのである。


実は、名古屋でなくても近場で京都、大阪でもよかったのだが、この少し前、たまたま初めて買った

風水の本を読んでいたら、この月あたりなら東の方に行きなさいと書いてあって、まあ、とりあえず

深い意味もなくどこに行くのか決めるのに適当な意味をつけるために、それに従い名古屋に行ったわけである。風水はやはりきくのか?

葬儀が終わったと思ったら、七日ごとの法要がある。

親戚から、こちらのお寺のやり方は丁寧ですねと言われるくらい、面倒である。

ほんとうに平成の宗教改革をやったろうかと思うくらいである。

法事などもたいへんだが、人が一人なくなると役所などいろいろな手続きが待っていてる。

ほんとうに電気から電話から、金融機関、不動産名義、お年寄りだったので保険や年金の

停止とすることがつぎからつぎと押し寄せてくる。


故人がいなくなったさみしさもあるが、そのあとの家族のことと本当にめまぐるしい。

おばあさんがあと一人いて、しっかりはしているがいかんせん高齢である。



親族がなくなる。


さて、これからがたいへんである。

葬儀というのは、みなん一度やっていても何をどうしたか覚えていないことが、多く右往左往する。

他人事だったことが自分にもまわってくるのが人生のようである。

バーチャル空間で独白していても何にもならない。

事務的作業やだんどりごとなど体力勝負である。

あめーばぴぐの音楽チャンネルではいろんなジャンルのマニアの方々に、たくさんの曲を教えていただいてたいへん勉強になっています。


※深い考えもなくなんとなく始めたブログのIDです。

他の記事は読まなくていいですよ。


【音楽の思い出 1980年代中ごろの洋楽】

1980年代中ごろ、世の中ほんとうに猫も杓子も「ディスコ」という時代でした。

当時、京都の大学に通学していたのですが、運動部の学生が丸刈りで中に入れてもらえなかったとか、服装に気を使わない武骨な人が、すこししゃれた友達に連れて行けとねだっていたり、同窓会の会場がディスコであると通知が来たり、身近な人がそういう店でアルバイトしていたりと日常のあちこちにそういうことがあるよなう時代でした。


かといってみんながみんなそういうところに出入りしていたかというとそんなことはありませんでした。

自分も、ダンスミュージックよりの一般洋楽、ビルボード系のヒットは好きでしたが、当時はマニアックなユーロビート、ダンスミュージックチャートのみでヒットするハイエナジーは苦手でした。


おとなし目でなんでも言うことを聞きそうな自分は、すこし背伸びしたい同級生などにディスコに行こう行こうと再三、さそわれましたが、かたくなに断っていました。

聞く音楽に対するこだわりというかプライドみたいなものを多くの人が持っていました。


実際、ヘビーメタルしか聞かない人、バンド系の音楽しか聞かない人、洋楽でもイギリスで作られたようなスマートなものが好きな人と、アンチディスコ系の人もたくさんいました。


まあ、そのような時代でした。



久々のブログ更新である。

自分もそこそこの年齢であるが、父親もそれ以上に高齢である。

入院してしまって、今後どうなるか予測不能の状態である。

たいへんである。

余命を宣告されたわけではなく、かといって症状が改善するという見込みもなし。

救いは、本人が病状ほどには苦しんでいないという点である。

こまごまと動くことが多く、時間や行動も制約される。

人間だれしも通る道とはいえ、誰しもこうなるのなかなと思う今日この頃である。

今のうちにいろいろ考えたり、計画したり、身の回りを整えたりしておこうかと思う。



以下適当な音楽歴です。



Perfume、アイドル、第3次ユーロブーム、トミーフェブラリー、サイバートランス、下妻物語(映画)、Wink、森高千里、ディスコ、ハイパーテクノ、ユーロビート、ハイエナジー、USEN、ダンスクラシック、ダンスミュージック全般、90年代Jポップ、ZIP-FM、クラブ、アナログ、テクノポップ、サウンドストリート、FM雑誌といろんな番組、AМの深夜放送、МTV、ビルボードチャート、松田聖子、おニャン子クラブ、河合その子、佐野元春。80年代洋楽、渡辺美里、Street of fire(映画)、昔の洋楽 YМОベストヒットUSA、オールディーズ、アニソン、特撮