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あまり意味のない日常のこまごましたこと。

春先だというのに寒い。

もう、いつの時代もそうだが世間というのは本当に自転車操業で回転している。

まるで、ゆーつに人を追い込むような状況である。

人生というのはいい時もあれば悪いときもある。

で、何をしたらよいかというと睡眠、食事、運動、物事を深刻に考えすぎず、準備はしっかりと・・・。

個人でできることはこれくらいである。


映画「ノルウェイの森」

村上春樹の原作はだいぶ前に読んだ。

監督があれ日本人ではない、ベトナム系フランス人。

よくこの複雑な日本語の小説を映画にしたものだと思う。

事業の大きさのわりには評価されなかったかもしれないが、個人的にはよい作品であり繰り返し見てもよいと思う。なんとなくベトナム的な感じもするといえばする。1960年代の日本というよりどこか日本語の話されているアジアの異国という感じがした。しかし、原作からしてそんな感じである。映画化の企画は監督から持ち込んだようだ。てっきり、狙いでこの監督が抜擢なされたのかと思っていたのだが。登場する女の子たちがいかにも60年代っぽくて、そして色っぽくなにいのに不思議な艶っぽさ、不思議ちゃんの色香がある。浅いようで深いへんな感じがよく表現されていた。いい意味で頭が疲れた。

ストーリーとしては高校時代、自ら命をたった親友の彼女と大学生になってからつきあう。しかし、その彼女も心をやんでいて、なかなか精神的に本当に近づけない。そんな彼女も自ら命をたってしまう。その中で自分の生きる方向を考える青年の話である。そして、それを取り巻く人たち。まあ、要約しすぎだこんな話である。

そら、頭疲れるわこんな話。すべてにおいて芸術的である。

誰しもいつの時代も、そしていくつになろうとも今いる場所から次の場所、これからの行く末というのは考えていかなければいけない。それが人生である。まだ見ぬ未来はとりあえずやりかたを決めて行く。決めなくても時間は過ぎていくが決めるほうが凛とした生き方ができる。それが大事である。まあ、この映画の感想というか示唆はこんな感じなのかなあ。



映画 「時をかける少女2010」

予想外によいでき。主人公の母親が高校時代にその時代に来た未来人と淡い恋をした。薬学を研究しているのだが、実はそれはその恋した未来人に会うためのタイムトリップ用の薬を開発するためである。そんな中、中年にさしかかった主人公の母が交通事故にあう。その高校生の娘が母の開発した薬品で、母の思いをとげるためにタイムトリップ。その時代の安アパートに住む映画部のむさくるしいが純真な大学生の協力を得てなんとか未来人にコンタクトをとろうとする。結果、未来人とコンタクトはとれるが、タイムトリップした1970年代には痕跡を残すことができないと未来人に諭される。また、助けてくれた大学生が運命の事故に会うのを止めることができなったり、一緒にいた大学生の親友が実は父親だったりと、タイムトリップドラマの定番のしかけがてんこ盛り。最後は、娘と母の切なく淡い二つの恋を描いてさわやかに終わっていく。まあ、両方とも成就はせず、過去の思い出となっていく。このあたり、青春恋愛ドラマの基本形結末をへんてこな設定とそこからくる筋で見事に表現している。

このストーリーだけではチープな感じを受けるかもしれないが、非常によくできている。

主役の仲りいさの肩の力の抜けた演技が、ドラマを見やすくしていたのは確か。

細部の時代設定もマニアックに走しらず、しかしかなリアルに作りこんでいてよい。

たしかに、設定は合理的にすりあわせたものではないが、SFというより淡い恋を描いたファンタジーである。

人の記憶とは過去の思い出というだけではなく、その人にとってはその記憶が今も現実であるとかまあそんな言葉が頭をよぎりました。

ネット上の評判もよく、ほんとうにおすすめ作品です。







「部屋とこころのシンプルな掃除」という本を読んだら、これがいい本だった。

ものごとはゆっくりと丁寧に、できるだけ完璧にしましようということである。

そうすると自律神経が落ち着き、満足感を感じる。

今は図解スティーブ・ジョブズ神の仕事術という本を読んでいるのだが。

てきぱきとものごとはかたづけなければならない。

ゆっくりとしていてはいつまでたってもものごとは終わらない。

限界を越えた時に新しい世界が広がるということもある。

どちらも真実ではあると思う。

両方を融合した状態というのを今、模索中である。


あと、どんな時でもリラックスしながらエキサイト。




大雑把な日記である。

家族のものが軽微な物損事故を車で起こした。破損修理がわずかな金額だったが保険を使うとなるとこれがたいへん。警察や保険会社との立会や手続き、あと公共物であったため役所との連絡にと奔走する。たいへんである。その他、家族でのいろいろな処遇や医者にかかるほどでもないけがや、お年寄りでもあるので心のケヤなどにも配慮しなくてはならない。


そんな中、人事異動は直接、自分には関係ないというものの、人が動くと自分の仕事のやり方も変更しなくてはならない部分も出てくる。年度末、仕事のしめもいろいろあるが問題も出てくる。


旅行も計画していたが中止にする。

法事や地域の行事準備、会議、会食、などが入りそれどころではなくなる。

今日の午後、時間ができたので王将で餃子を食べ、ブックオフに行くというささやかな自由時間を楽しんでいると

親戚が病院に運ばれたという電話が入り、至急帰宅のち病院へ。

不謹慎だが、年度末に時間のやりくりができるのか気が気ではなかった。

結局、病院に行ったらすぐに家に帰されており無駄足となったがほっとする。

軽いジャブが一気いくつも飛んでくる時期というのがあるが今がそれ。

3月だというのにぱっと晴れてあたたかい日というのが今年はないような気がする。

明日もまた寒いらしい。










力を抜いて生きよう。

地面に溶けるくらい。

それでも人は生きていける。


と思うこのごろである。


いわゆる「百合」系の学園ドラマです。しかし、健全に人間としてのあこがれにとどまります。

そのへんがすき好み別れるかもしれません。


架空の旧態依然とした女子高、戦前の感じを残した学校が今の時代に実在したらという設定。

上級生が下級生に学校の中だけの「妹」、スールと呼ばれる関係になる「ごっこ」をする。

べつになにをするでもなく、そう決めるだけである。


もちろんそれ以上のシーンもとくだんなにもかわったストーリーもなし。

ただただその学園の中のなにげない日常を疑似体験するのである。

「ごきげよう」とあちこちで交わされるあいさつ。

宝塚のようで宝塚でないあいさつ。


「お姉さま、私を侮辱なさる気?そんなはずないじゃありませんか」

こういうセリフがやまほど出てくる。


しばらくこの映画のセリフの数々が頭の中を駆け巡り、ふだんの人の話すことを頭の中で「まり見て」風に翻訳してしまっていた。


鹿鳴館時代のドラマなどでもよくあるが、こういう大仰なセリフ回しはくせになる。


主人公の舌足らずで賢くなさそうなナレーションがまたフィットしていてよい。


戦前の少女小説や女子高の独特の世界を今に再現した小説で、それがマンガ、アニメになり実写にされたようである。映像もきれいであるし、いろんな表現手段であらわされたてるもののこれもそこそこよい感じであると思う。



佐々木希の動く写真集的な映画かなと思い、内容にはそう期待しなかった。しかし、よくできていた。

携帯小説が原作で、ストーリーが明快。韓流ドラマや昔の日本映画にあるように、筋の骨がシンプルでわかりやすい。これを制作するに当たり、あまりどぎつい映像は使えなかったり、主役が目立つよう配慮する必要があったりと制約が多くあるだろうに、見ている間もみたあともがっかりさせなく、そして技巧を見せつけるわけでもなくわかやすくよくできた映画に仕上げている。


 骨子としては、病気を抱えた大学の先生に非行に走っている情緒不安定な女子高校生が出会い、お互いに人生をしっかりと生きていくという話である。人間的成長をストレートに描くというポイントをさえはずしていなければあとは好きなようにしてよい。なので、あらゆる刺激的で殺伐とした状況設定がわざとらしくあってもうまく話として収まる。


よいシートしては、病気から逃げて雲隠れした先生の行先を先生の従妹が主人公に教えるシーン。

大人の女性が少女の気持ちが本気であると気づき、女同士の連帯感から居場所を教える。

「恋とはいうのは本気でやればやるほどくそ苦しいの」

「はいくそ苦しいです」

「私から聞いたって言わないで。本気の恋ならまっとうしなさい」

あえてこどもの言葉にあわせる大人の女性のかっこよさがたまらない場面である。


ラストシーンも秀逸で、手術から1年後、高校を卒業した主人公が療養所の先生に会いにいくが、頭を手術したために自分の記憶をなくしているようだ。手術をすすめたのは主人公である。しばらくためらったあと、初対面のときと同じときのように接することにする。それが決して悲しいわけではないという描写もよい。


佐々木希の演技はけっしてうまいわけではないが、奇をてらわずに演じていてそれが嫌な感じを受けない。

繰り返すが、与えられた条件や制限の中でうまく話をまとめていて、というかそのためかえって作品がいい意味で純真な感じを出していた。最近のいろんなドラマはこれみよがしに、一般映画なのにここまで露出させてますいい度胸してるでしょ今風でしょ、グロさっが美的なんです的な作品が大半である。必要ならともかく無意味なシーンが多い。この作品はそうではなかった。


扱っているテーマはオーソドックスだが決して軽くない。

しかし、繰り返し見てもよいかなという感じである。




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京都の西京極競技場にて。

試合中、雨も降らず暖かくてよい観戦環境でした。天気がよければよいというものではない。

日差しが強すぎるとまたつらい。


京都サンガ2~0ロアッソ熊本 という結果。


観客が2901人とすくなっかったが、ゆっくりとJ2を楽しめました。

ほんとうに物好きなファンだけが集まったという感じかな。


熊本からの応援団も今は新幹線1本で数時間ほどで移動できるから気軽な感じのアウェイ遠征になるのかな。







「電車男」もうだいぶ前にあった実話が本になり映画になったもの。

おたく系のコミニケーションがうまくない青年が、ふとしたきっかけからきれいなお姉さんと知り合う。

が、しかし交際のノウハウがまるでないのでネットの掲示板でアドバイスを得ながらつきあいを成就させていくというストーリー。ポイントはネットという新しい状況のよい面がわかりやすく描写されている点。中谷美紀の演じる恋人役があまりにもいい人すぎて、本当にこんな自我のない人がいるのかと思うくらいであった。

いまになってやっと見たが適度に明るく人間描写もありよい作品でした。


「ばかもの」

何の前知識もなく見る。最初はやたら濡れ場も多いし大学生のちゃらちゃらした青春映画かと思った。しかし、時間はどんどんとすぎ、男の20代の10年間を一気に見せていく。酒の飲めない学生がアルコール中毒になり必死に立ち直ろうとする作品。そこに、友人関係、家族関係、異性関係がそれぞれ意味を深くもたせて編みこんでいくように丁寧に構成されている映画。濃厚で寝る前に見たら頭がくらくらしました。最初の軽い感じから人生の深みにはまっていくさま、さわやかに立ち直ろうとする姿までそれぞれ一人の青年の20代が描かれています。人の20代という10年一気に描くドラマは意外に珍しい。社会に適応していく試行錯誤の時代で、まあ細部の状況、心理が手に取るようにわかります。内田由紀もこんな役をやれるようになったのだなあと思う。