バブル期には多くの日本人が米国に留学しました。私もそのひとり。当時小さな町のキャンパスの日本人学生の数は語学留学生を含めて300人を超えていたそうです。


為替レートは140円前後だったかな。今のように学費そのものが高騰していなかったので何とか両親から仕送りをしてもらえました。それでもカフェテリアで働くなど日本のバブル感とはまっったく無縁。


(息子が高校留学をしたほんの数年前は110円を下回っており、まさか自分の留学時の為替を上回ることが起きるとは夢にも思いませんでした)


日本人留学生は誰もが似たような感じで総じて質素、東南アジアや中東からの留学生の方が桁違いに裕福という印象でした。


誰もが知るような大学ではありませんが、先日同窓会が日本で開催され、多くのアルムナイの他、大学からもグループで来日しました。


今秋スタンフォード大に進学する佐々木麟太郎君は同大の日本のアルムナイの会合でスピーチしたというニュースを見ました。各大学大なり小なりアルムナイの有志の方々のおかげでそのような集まりを主催しているところも多いのでしょう。


現に、私たちの同窓会が行われた日の他の階では別の大学の日本人会の案内を見ました。


今回は、短期留学プログラムで来日した大学からの約20人のアメリカ人学部生も参加していました。日本側のアルムナイの年齢層がかなり高めなのは失われた30年を端的に表しているのか。。円高だけではない複雑要因。


異国の地のパーティーで遠慮がちに壁際に集まっていた学生の皆さん。ここでは人種的にも年齢的にもマイノリティですしさすがに萎縮してしまいますよね〜。


自分の中のアメリカのパーティーマインドを召喚し、勇気を奮って彼らに話しかけにいきました。積極的に話に加わってくれましたし、むしろ声をかけられてとても嬉しそうな印象。ちょっとしたスモールトークぐらいでコミュ障のアメリカ人はやはりいないと改めて感じました(理系男子はnerdで社会性がないとアメリカでもsnsで揶揄されるそうですが)。こういうコミュケーションのお作法は特に広く日本の男子には身につけて欲しい!


後ろの人のためにドアを押さえる、ありがとうを積極的に言うなど、自分の米国での経験で気がついたマナーを息子が幼い頃から背中で見せてきたつもり。グローバルの場で支障がない程度のジェントルマンにはなっているのではないかと思います(期待しています)。


アメリカの文化的に普通に好まれるような姿勢など、普段の会話で話していたようなことは本人の心に残り、課外活動やリスクを取った勝負のエッセイにサブリミナルに反映されたかも。その点はあの頃の自分の奮闘がちょっとしたレガシー味として役に立ったのだったら報われた気持ちです。ちなみにその大学自体は諸事情により息子は受験せず。


大半が男子、数名女子の構成で大学2年生と3年生。どうせ建前だろうと斜めにみたらそれまでですが、もちろん円安はあったと察するものの、いくつかの選択肢から本当にピンポイントで日本を選んだようです。渋谷、新宿、池袋、横浜。。とても充実した滞在のようで、目をキラキラさせていろいろ話を聞かせてくれました。「日本に来てくれてありがとう。あなた方の未来は明るいから頑張ってね!」とエールを送りました。


ここまで日本に好意的な注目があるのはあの当時と異なるところ。渡米後すぐに、大学院生から日本はアジアにあるのかと尋ねられて衝撃を受けましたから。


卒業後日本で働いているというアメリカ人の若い女性に声をかけられました。あまりにも日本語が普通なので失礼ながら尋ねたところ、御両親のどちらかも日本人ではなく、高校留学で来日したのが最初とのこと!


早期英語ではないと人生終了とsnsで話題ですが、(バブル感未経験の)バブル期のチコちゃんは知っています。中学英語からで十分間に合いグローバルに活躍している人も多いことを。


だからといって自分の経験から息子には大学前に英語力をつけるべく高校留学勧めましたし、何もしなくて良いとは思っていませんが、極端な二択ではないのがシンプルに現実。


米国大学のアルムナイとして、相互の学生達に未来のために微力ながら何かできることはないかという思いを新たにした夜でした。


今回も支離滅裂な話になってしまいましたがお読み頂きありがとうございます。