神社に行く意味なんて、特別いらないし、好きだから、気持ちいいから、でいいと思うのですが、だんだん、パワスポとか言われだし、ご利益求める人も増えてきたりすると、なにげに場が荒れてたりしますね。
コロナのおかげで、人が少なくなり、神社のエネルギーも原型がわかりやすくなってきてる気がします。
このご時世に、よほどの好きものしか行かなくなったからかな(笑)
 
だいたい、古代の人が、そこに行けばなにかしらある、元気になったり、インスピレーション湧いたり、そんなところとか、自然崇拝で山や川、巨石や巨木、などなど、そういうところで祭祀とかしてたのを、神さんにも家建ててあげよう、と思ったあたりから、エネルギーを擬人化するようになり、神話が出来て、神社が出来て、信仰が生まれ、という風に、所詮は人間が作ったものです。
言葉は悪いけど、それに騙されてたことにももう気付く時なのかもね。
神話や神様のことは、なにかしらのメタファーであることはあるが、それも人間の意図が入っているとしたら、本物ではないということよ。
 
本物は自分で感じるしかないんだ。
 
それと、暦は人が作ったものだけど、わりと意図が入ってないかなとは思う。
今、わたしはいろんなことを洗い出し中で、暦はまだ精査してないのでわからないけど、
一応ベースが自然の天体などなので、まあまあ信用できるかと。