NYのブルックリンでの思い出 (「旧友が遠方より来る。」より)
2018年4月29日 日曜日 快晴
先週末、台湾の建築家の友人と四半世紀ぶりに再会する。
ニューヨークのブルックリンにある大学院で現代建築を学んだ仲間だ。
彼は現在、台湾の大学で建築のデザインを教えている。
ここ数年、毎年、学生と一緒に日本にやってくる。
10人の学生を連れて、今回は、東京へまず入る。
そして、京都へ、学生をひとり連れだってやってきた。
もう、京都も三回目であると。また、甥が京都の日本語学校で、
この春から学んでいる。
益々、グローバリゼーションの波が進む社会の中で、
二十年以上も前にニューヨークの摩天楼が見える
ブルックリンにある「建築家の学校」で学んだ友との再会を嬉しくおもう。
インターネットのSNSでは、だいぶ前からつながっている。
もう、長いこと英語もしゃべっていないので、
十分な会話は出来なかったけど、全然、二十年以上も前と変わらない。
時の日が経つのも早いけれど、旧友との交流は代わりがない。
『論語 』は、次の一文からはじまる。
「子曰 學而時習之 不亦説乎
有朋自遠方來 不亦樂乎
人不知而不慍 不亦君子乎」
(『論語』學而第一)
コトバで語り合えなくても、
地球環境時代へ向けて脱構築すべき建築の問題を、
繰り返し京都に坐す伝統的な白洲の庭園や信仰の山を巡ると、
自から道は拓けてくるのである。
(@アトリエまほろ/橋本完)

