第2回債権者集会
いろいろありましたが、第2回の債権者集会が終了いたしました。
詐欺、詐術による免責不許可を求めていたFですが、『破産申請から過去1年』というこの行為による免責不許可の時効を知らなかったらしく、(というより私も知りませんでしたし、弁護士からそういった話も無かったのですが)結果、裁判官よりこの点を指摘されて、声が上ずっておりました。
悪いことをする人間にはそれ相応の仕打ちがあるんだなあ、と何だか感慨深いものがありました。
Fは、第2回債権者集会の6月9日より2週間の猶予期間をもらっていました。
今Fが主張する観点での免責不許可事由は1年を経過しているものであるため、使えない。
もし、別に何らかの免責不許可事由があるとするなら、その証拠と何条何項に該当するのかを書面にて提出するように・・・と。
まあ、Fが
『これだけ書けば相手もビビるだろう』
と勘違いして、ほくそえんでいたFの書面中の私を刑事告訴できる?と言った『刑事』とか、免責が通るわけがないと言った『弁護士』なんかは、何の意味もないものだと改めて知ったことでしょう。
警察の話しなんかは自分に都合のいいように解釈してるだけだし(いつものこと)
弁護士も弁護士会館に行って中途半端に聞いたか(いつものこと)、
知り合いの弁護士に(面倒がられているのに本人は気付いてない)中途半端に聞いたか・・・
まあ、どっちにしても、今まで自分で何もしなかった、責任をすべて私に押し付けて自分は動かなかった(自分の利益が絡むとき以外は)ツケがこういうところで回ってくるんですね。
ちょっと、ここまで来ると、同情すら覚えました。
本人は自己反省がないので、きっと未だに『自分』の行為の正当化に必死なんでしょう。
それをやっているうちは、全くダメダメなんですが。
きっと気付かないでしょうね。自分を根底から否定することになるし。
これを超えたら、変な話ですが、私を殺したりするような方法以外にも、いろんな正当な方法で今後につないでいくことができるんですけどね。
頭下がられない。自分の悪さに気付かない。自身の自身過剰さに気付かない。
これではきっと今後も失敗する。
そう思って、一応私は裁判所の方に、Fへの反論という形をかりて、最後の恩返しでFの性格的な問題点や考え方のズレ、今後のための修正点なんかを書いて提出したんですが、本人がそれに気付くかどうか。
私としては、最後のご奉公のつもりで書いたんですけどね。
脅せばすむ。じゃないんですよ。
金では買えないものがいっぱいある。
持っていないものを持っていると勘違いすることは危険。
私自身がそれに気付いて、自分を否定することから始まった一連の思いをしっかりと書いたつもりなんですが。伝わればいいな、と思います。
もう、弁護士とか刑事とか、適当にしか、しかも自分の都合のいいことしか聞いてないし、今Fのそばにいる人間は、そういうFを助長する人間しかいないんですから。Fを否定して、徹底して間違いを指摘する人間ができないとダメですね。
そして、そういう人間を迎え入れる懐が、もう40を超えて頭の固まったFにあるかどうか。
それができれば、頭の回転はある人だし、きっと幸せな人生を送れると思うのですが。それを今は心よりお祈り申し上げます。
ちなみに、第2回債権者集会直前。
裁判所に車を止めて弁護士を待っていた私が、弁護士も妻も連れていないことを確認したFは、つかつかと寄って来て、窓を開けるよう、うながしました。
『嘘つくなよ?』←余裕のある薄笑い
『俺が隠したって?ふん。』←バカにしたような笑い
『どこで働いとるねん?』←もう必死
いちいち答えるのもバカバカしいし、弁護士のいない隙にこういうことを聞いてきたり、言ってくる汚さに、
『あーこの人変わってないわ。』
と思った私は適当に答えて、あとは無視してましたが。
T弁護士が来たので、わざと大きな声で
『先生ご苦労様です』
といってやったら、あわてて去っていきました。
あー汚ね。
弁護士の前でも堂々と尋問しろよ。
こそこそと。そうやって、自分の手の内でことを運んで、押さえつけようとするから自己破産したんですよ、と言ってやろうかと思いましたが、思いとどまりました。何かもう可哀想で。
もし、Fの汚さがなければ、今もずっとFに付き従っていたかも知れないし。
私のような人材がもういないFは、日々のビジネスにも苦労してるんだろうな、と。
ならコレくらいのこと、言わせてやってもいいか。と思いました。
次はもし免責がおりたら
『損害賠償』で争うことになるんだと思います。罪状は詐欺、不法行為での民事裁判?
長期かかり、費用もかかり、満額はまず取れないこの裁判を起こす気力がFにあるかどうかも疑わしいですが、今となってはヤケになってくる可能性5割、民事裁判4割、泣き寝いり1割って位だと思います。
私が詐欺行為で借りたお金がいつのまにか2130万のうち1800万になってますが。
いや、それはありえないって。
でもまあ、それでくるなら来てくれたら、ちゃんと訂正するし。一応、これについても裁判所に出しておいた方がいいのかな?とも思いましたが、この意思をこの時間に私が表示したことはこのブログが証明してくれるでしょうし。
もう、何か書くのも嫌になってきてます。うんざりですね。
Fと醜い争いを続けるのも。
両方悪いし、両方汚いし、両方考え方おかしいし。人間見る目ないし、ビジネス感覚ないんだし。
それを思い知ることになるだけだし。
他の債権者のためなら、いくらでもがんばれますが、もうFのために時間さくのはマッピラです。
まあ、民事になればこっちも反訴できるので、逆にFからお金を取れるような逆転勝訴もあるかも知れないし、それはそれで受けてたちましょう、ということで。
また、周りにたきつけられて
『勝てる(2000万くらい取れる)』とか思うのかな?
まあ、その程度なら、こっちも徹底抗戦します。
真実は真実。
強者と弱者の間に何があって、その行為の果てに強者はどう裁かれるのか。
それを見たいと思います。
もし賢い人間(弁護士や刑事)とFを本当に気遣う友人が知り合いでいたら泣きねいりするでしょうし、短慮でFをたきつけることしか考えないようなメンバーしかいなければ暴力沙汰によるヤケしかないと思いますが。
多分、裁判でくるんだろうなと思います。Fの言うちゃんとした弁護士も刑事も、Fが私が信じていると思い込んで、でっちあげてるピエロですから。中途半端にあわてて弁護士探して、がんばると思うのですが、真実と心のない人間は勝てないと思います。
もし、私が裁判にまけるようなことがあったときは、ある意味Fも良い意味で変わったときなのかなーなどと考えて・・・んーー。どーも精神的に分裂状態にありますね。文章も考えもまとまらない。
時々皆さん、このブログのぞいてください。
いろんな問題を客観的に、多角的に見れる大人に
やっぱりこの話題に。
愛する子供たちへ。
この国にはいろんな『事件』があります。
その事件を報道するのがマスコミ。でも、日本のマスコミには、大きな問題を感じています。一方的、感傷的。まるで、国家の制御下にある国営放送や国営新聞のように。
今なら、NHKの番組に政治家が介入したとかで、一斉にその報道をしてNHKを一斉に攻撃する。
ところが、livedoorの堀江社長が日本テレビの株を買収してフジテレビを支配下に置こうとすると、このことを一斉に書き立てる。優勢なときは、はしゃぎたて、劣勢になると悪者扱い。
さらに、大阪市役所の厚遇問題を叩き始めたと思ったら、こんどは福知山でJRが死亡事故を起こして、今度はそれをめった押し。
この数ヶ月でもこれだけのことを鬼の首を取ったかのように報道して、次の対象ができたらきれいさっぱり前のことは忘れる。
しかも、客観性はなく感傷的で、視聴率優先。
どうかと思います。
基本的に、物事には同じ質量で合い反対の意思や思想、事実が存在するというのがお父さんの意見です。そして、その対象だけでなく、問題が起こった場合には、その人や法人の周りにも、社会にも問題がきっとある。
単独で何かが起こることはないんだと思います。
JRが事故を起こした。
そしたら、一斉に日本のマスコミがJRバッシングを始める。
そして、揚げ足を取り始める。お父さんは耳をふさぎたくなる。でも、これが現実だ、これが日本だ、と受け容れようとする。
例えば、事故を起こしたのにボーリングをしていたとか、コンペをしていたとか。置石があったと言い訳優先の対応をしたとか。列車が激突したマンションの住民との話し合いも、一方的に攻める責める。悪いところだけ見事にピックアップ。JRは『0点』な報道ばかり。
挙句の果てに、JR職員への暴力事件が発生。でもマスコミはその責任については触れず。逃げて・・・。
JR職員の子供も、報道されていないだけで、いじめに遭ったりし始めた子も多くいるはずだ。でも、それを報道したり特集すると、自分たちの立場が悪くなるから、しない。そんな紳士協定?が日本のマスコミにはあるようだ。
お父さんには、事故を起こしたJRには確かに問題はあるけれども、それを引き起こした社会や利用客、政治や行政、企業システムなんかにも多く原因がある。何より、遅れを取り戻すために起きた事故であるのに、日本の乗客は列車が5分遅れただけでイラついて、30分も遅れたらクレームをつけ始める。乗り継ぎに失敗したら、それだけで大変なことになる。
そんな利用客が事故にあったとたん、過密ダイヤがどーのこーのと言い始める。やっぱりおかしいと思う。
確かにJRが悪い。それは認める。
でもそうなった背景をもっと報道しないといけないのがマスコミ。
JRが悪いことや、事件の概要は嫌と言うほどもうわかっているんだから、もっと一般国民が知ることの出来ない情報を提供するのがマスコミの役目。もっとJR側にたった報道もあってよいと思う。擁護したり、援護射撃をする局があったも良いと思う。でも日本にはそれがない。
日本には、今回の事故現場以上に危険なカーブのある場所が腐るほどあるんだって。でもその場所は報道しない。なぜ?
変なところに紳士的で、変なところで何かをかばって。
で、次の事件が出たら放ったらかしか?と思う。
これ以上いくと思想的な話になってしまうんだけど、とにかくこういったマスコミの情報をうまくキャッチできる人間になってほしい。そして、公正に平等に事実を捉える人間になってほしい。加害者も被害者も何か理由があって、その背景がある。それを分析解析しないと『真実』って見えてこないもんなんですよ・・・。
また、この話はすることになると思うので、また詳しく。というわけで今日はお休みなさい。
風邪でございました。でもいろいろ考えました。汚い自分。そして戦う自分。
なんだか、いろいろ考えました。
正直、いろいろ。
裁判もテクニックでなんとかしようとか、もし負けてもこういう方法をとってみようとか、いろいろ。
そして・・・自己嫌悪。
大切なのは真実だと分かっていて、どうしてもそこから楽をしようとする自分がいる。
汚い。
こんな思考が自分の中にあるうちは、きっとFと同じ人種でしかいることができない。
清潔に潔白に。
でも、守るものができると人間ってなんでこんなに弱くなるんだろう。
自分以外のことばかり考える。
いや、正確には自分のことはどうでもよくて、家族のことばかり考える。
どうすれば家族を守れる?
そればかり。
自分の罪をわかった上で、でも曲げられない真実がある。
そして、それを曲げれば、俺はまた『うそつき』になる。
だから、フリでも条件が悪くても、真実は曲げられない。
さらに、今日、N診療内科に行ってきた。
まだ、裁判所に提出する書面ができていないらしい。
とにかく忙しい先生だ。でも、私のことを、私の行動を下手を打つと家族以上に信頼し、そして私を正常な精神状態へと導いてくれた。付き合った期間は短くとも『恩師』だ。
真実への闘いへと導いてくれたのはT弁護士。
そして、臨床的に私を戦える状態にしてくれたのは、N先生。
東加古川病院などひどいもんだった。選択肢が少ない。懐が狭い。転院してよかった。本当にそう思う。患者を『モノ』としてしかみてない気がする。
さらに、勇気をくれた家族。愛してくれた家族。信じてくれる家族。
やっぱり、真実を曲げてはいけない。テクニックや逃げにはしっちゃあいけない。
しかし、まあ、なかなか現実はうなくいかない。
なかなか、管財人弁護士のところにもいけない。
材料がない。証拠がない。しかも、N心療内科の書面もできてない。
きっと先生も忙しいんだろうけど、管財人弁護士の心証が悪くなっていっているのは感じる。
これだけ遅れていけば。ね。
でも、材料がない。どうしたものか。
現在不利なのは、
【1】Fが重要な証拠を明石の事務所から持ち出して隠滅している可能性がある。
【2】詐欺事件の証言が2年も前の過去のことでとにかく集まらない。
【3】心療内科の書面ができてこない。
【4】精神、心身の疲労が激しく、日々状況は悪くなっている。
といったところ。
がんばります。でも。
真実が必ず勝利すると信じているから。日本が法治国家で民主主義の国だとやっぱり信じているから。こんな暴力的な行為が許されるはずが無い。そして、加害者である以上は裁かれ、社会的責任があり、でも互いに加害者で被害者であるならそれはきっと傷みわけであるはずだ、と思うから。
とにかく体調が悪くなると思考も不健康になるので、体調を整えてしっかりとやります。
恥ずかしくないように。
そういうと、何度も夢を見た。
Fに明石事務所で、『航平(当時2歳)』の子供の前で怒鳴り散らされた夢。それだけ印象深く、屈辱的で、何より子供に与えた傷が・・・悔しかった。
私にとってもひとつのきっかけになったし、Fのことをもう信頼できないとマインドコントロールが解けるきっかけになった出来事だから。
Fはこれを聞いたら、きっと後悔するだろうね。
『あんなこと』
そう、Fにとっては、あんなこと、程度だろうけど、子供の心にはどう映っただろう。
数時間怒鳴り散らされる父親。横で心配そうに見つめる2歳の子供。
こんなことを平気でできる人間は『人』でないと思った。
少なくともFは離婚前には、ふたり子供がいて、愛していると思っていた。
女癖が悪いから家庭にいつかないだけで、子供は大切なんだと信じていた。その最後のFを信じていた砦が一気に崩れた。子供を愛している奴にこんな行為はできない。そして、私とFが相容れることはもう二度とないだろう。そう思った。
あのときの自分が悔しかったのではない。
くだらない個人的なことで、傍若無人に怒鳴り散らすFと、それに抵抗できない自分を、子供はどうみたんだろう。どんな傷を残したんだろう。
だからこそ、もうFには負けられない。負けたところは見せられない。
一度は負けた。いや、負けていた。それは認める。でも、オマエの父親はそれを乗り越えて、勝ったんだと、それを無言で航平に伝えたい。
そして、オマエも負けるな!と伝えたい。
心は正義と真実があればきっと負けない。
そして、Fに対しても謝罪の心があり、でも引ける部分と引けない部分があることをハッキリと航平に見せたい。
真実は決して負けない。
そして、オマエの父親も負けなかった、と。
はてさて、どうなるものやら
唐突ですが、『自叙伝』など書いてみようか、と思っております。
生まれたときからの記憶をたどって、楽しかったこと、孤独だった時代、仲間に包まれていた時代・・・
そんな自分を子供に知って欲しい気がします。
とにかく少しでも『何か』を遺したい。
でも、『マイライフ』のようなかっこいいことはできないし。
だから、自分の思い出と、それに対しての自分の生きかたや思いを書く。
自分がいなくなっても父親であることを、いつまでも『愛』をもって子供を見ていることを伝えたい。
屈折してるかな。間接的すぎかな。
と思いながら、今日も夜が更けていきます。
明日臓器提供の登録に行ってきます
全く眠れません・・・
睡眠薬とお酒の併用もできません。
睡眠薬の増量も勝手にできません。
というわけで眠れません。
いろいろ考えてるとこの時間です。
もー外は明るくなってきております。
子供の寝顔を見て、ゆったりとした幸せを感じています。
後は、勉強したり、息抜きに漫画や映画を見たりしてますが、どーも楽しくなりませんね。当たり前か。
やってしまったことの半分でもなければ、本当に楽になれたのに。
明石の事務所に詐欺事件にあったときの資料を放置してなければ、こんなにややこしくならなかったのに、放置したがためにFに勝手に持ち出されて、自作自演詐欺まででっちあげられてしまった。しかも、重要な証拠は隠匿された。
あーすれば良かった。
そんな後悔で眠れない。
後悔しないように戦うにも、後悔する材料が多すぎる。
今日、ようやく岡島という詐欺にあった相手の写真ができた。
故・逸見氏によく似ていたので、逸見さんの写真を加工して作成した。
非常に申し訳ないが、これを公開して、公開捜査していきたいと思う。
みなさんもご協力をお願いします。
経緯や事件の内容を含めたサイト構築ができれば、すぐにURLを記載します。
なんとか、この詐欺が実在するということが証明できれば、自己破産の免責がおりる。
後は、Fの嫌がらせに対抗していくだけだ。
子供のためにも、真実を曲げたりテクニックで裁判を勝ち取ったりはしたくない。真実を堂々と述べて、真実の元で勝利を勝ち取りたい。
免責がおりない方が、きっとFに生命の危険を感じるような日々に追い込まれることはないだろうが、それでも免責は取りに行く。
もう負けたくない。隷属はうんざり。嘘もうんざり。
殺されても胸をはって生きたい。
警察(交番)にも一応不慮の事故に備えて届出だけはしておくつもり。
襲撃に間に合う保証はないけどね。
とにかく、がんばります。
子供の笑顔って、本当に元気の元になるね。
自己破産に至った経緯 その1
この借金が雪だるま式に拡大し、平成12年には㈱ディックファイナンスより借金をするようになりました。その後、プロミス㈱にも同じ理由で借金をしましたが、給与がほとんど変わらないため、借金は拡大していくばかりでした。その後、平成12年3月より私が勤務していた株式会社Kの神戸支店が独立して、株式会社Aとなり、実質上の経営者であるのがF、経理や総務、人事等を総合的に担当するのが私というような関係、組織で、この会社が運営されるようになりました。しかし、給与は結婚して家庭をもったことで必要金額が増した上に、社員との付き合いでの福利厚生費も増大し、また借金も自転車操業のような状態になっておりましたので、平成14年の11月、㈱モビットからも借金をして、これを生活費と借金の返済資金として充てるようになっていました。
この後の自己破産に至るまでの経緯については、私の債権者であるFとの関係が非常に重要ですので、ここからは、多少乱筆乱文となりますが、Fとの関係と、私が会社の経費や債務を負担することとなった経緯を記述したいと思います。
一昨年の平成14年8月ごろより、私の勤務していた株式会社Aの売り上げが悪化し、実質上経営権を握っていたF(債権者)より、度々勤務する社員に対する圧力的な言動や行動が続き、私自身に対しても『経営をしろ、してみたら(自分が腹立てている理由が)分かる』と再三の圧力的な言動がありました。この会社は、社員やアルバイトが電話で一般顧客にアポイントを取り、そのアポイント先に藤原が訪問して教材の小売を行う、というシステムでした。おととしより、市場そのものが悪化し、不景気にあったのが、営業不振の原因であったと考えられますが、藤原邦久が、この原因を社員の教育不徹底と能力不足であると決めつけ、営業に自分が行って契約が取れないたびに、毎回電話で『お前らで勝手にやれ、経営をしろ。しないと、この気持ちは分からない。』などと様々な恫喝にあわせて常にこのようなことを言われ、私も従業員も精神的に極限状態にありました。
最終的に、半強制的に平成14年12月には、Fに代わって私が営業部長であるMを伴って営業に行かされることになりました。おそらくは、私に営業に行かせることにより、自分の営業がどれだけ大変なのかを見せしめ、契約が取れなければ、それによって、自分が電話でわめき散らす行為の正当性を証明しようとしたのですが、その営業で契約が取れてしまうと、『自分たちでできるのなら自分でやれ』という方向に、論理を転換させて結局は毎日のように『経営をしろ』と電話で恫喝されました。いよいよ12月末には私と社員の精神力にも限界が来て、言われるがままに、平成15年1月より経営を行うことになりました。このときに、同社にて営業部長をしていたMとともに、黒字が出れば二人で分配してよいが、赤字が出たら二人で負担する、という形で、負債を抱え込むような覚書が交わされました。
経営をするようになった本当の理由は、表面上は確かに私の意志で『経営をする』と発言して始まったことですが、これにいたるまでには、約半年間にわたっての私や社員に対する『売り上げの悪さに比例した』恫喝があり、社内の空気もどんどん悪化、社員は怒鳴り散らされるたびに萎縮し、Fが営業に行っている間すら、いつ怒鳴り散らされる電話が入るかとビクビクして仕事にならないという悪循環を生んでおり、これを回避するために経営を開始したということです。今となっては、この時に会社を辞職しておくべきであったと後悔しています。F本人はたくさん払い過ぎているとすら考えていたと思われますが、平均に比べれば著しく低賃金(時給500円程度)で就業状態も悪辣(日祝のみ休日で、ノルマが達成できなければ休日出勤もある。1日10時間労働)なこの会社で働く理由は何も無かったと今となっては思います。
ただ、当時はFに対し、ある程度の忠誠心を持っており、長年の付き合いで、主従関係も完全にしみついていましたので、Fの考えにも一理あるとも考え、またいざとなって会社が倒産するようなことになれば、自分の会社の責任は自分で取る考え方の持ち主であるとも考え(これが甘かったのですが)、暫定的に経営を代行することにしました。
平成15年1月からは、覚書を交わして、経営を代行することになりましたが、最初は、Fも『自分たちでやれ、俺は知らない』と言った以上引っ込みがつかなくなり、自分が無収入となっても全く営業にもいきませんでしたし、ほとんど営業内容にも干渉しなかった のですが、間もなく1ヶ月にも満たない内に、自分に収入がないことに不安を感じ始め、『お前たちの営業力では売り上げが伸びないだろう。営業だけ行ってやる。』と言い始めました。今思えば、これは『私たちのため』ではなく『自分の収入のため』なのですが、当時はそこまで考えず、社員を含む私たちはこれに従い、営業だけは再びFに行ってもらうようになりましたが、結果としてFのこの行為はFの高額な取り分を発生させて より多くの赤字を生むことになりました。また、社員の気運としては『営業にも自分たちで行って、会社を自分たちで盛り返そう』という状態が『結局Fのためにアポイントをとるだけの日々』に再び転換させることにもなり、会社の赤字低迷を生む一要因となりました。
その後も経営はずっと赤字で低迷し、この負債はFではなく、私とM、特に私が個人的に負う形となりました。しかもFの方は、営業に行かせてもらえているにもかかわらず、アポイントの内容が悪いと、即電話をかけてきて、夜中の10時を過ぎて『今からその家に行ってきてみろ、こんなアポイントは滅茶苦茶だ!』などと、30分以上電話でわめいたりするなど、結果として、社員をどんどん萎縮させ、私自身のモチベーションも大きく下がるような行為を繰り返しました。
-続く-
破産管財人への提出書面より抜粋
確かに、私自身、Fに対して借用書も提出しましたし、一筆書けと言われたことは書きもしました。しかし、これは、平成14年後期あたりから、Fによる恐喝と恫喝の日々から逃げることだけを考え、結局それによって、よりFとの隷属関係が強まってしまったと言う最悪の悪循環を後押しする書面ともなりました。
Fと私の関係を一文で言い表すなら、
『Fが、事実や私の本当の意思をFの都合の良い方向へ恐喝と恫喝で誘導し捻じ曲げて、その誘導や捻じ曲げによって事実同士がかみ合わなくなった時に発生する『無理』という事実関係のひび割れを私が『嘘』というパテで塗り固め、その部分をまたFが見つけては、それをネタに私を隷属させていくという循環の繰り返し』だったと言えます。
これはあくまで、私の被害妄想や憶測かも知れませんが、今後もし免責が通れば、Fはあらゆる手段で、私の生命と生活を脅かす行為を繰り返してくる可能性があります。Fに脅迫されてきた言葉が私にまだ暗示をかけているのかも知れませんが、『破産とかしやがったら、もうどうでもよーなって、オマエなんか無茶苦茶にしにいくぞ、コラ!』というような言葉を数十回、数百回と浴びせられ、暴力団関係の名前をちらつかせられれば、当然そうも判断するようになると思います。そして、私はFのこのような一連の発言を、決して『脅しだけの言葉』でないものであることを、これまでのFとの付き合いで身に沁みて知っています。
まずは、免責がおりれば、自身は動かず、自分の知人がこの話を聞いて、感情的になり、勝手にやったことだと称して、私に結果として返済を迫る行為を繰り返すでしょう。同様のことは、私の両親に対しても行われる可能性があります。仮に警察沙汰になったとしても、暴力団関係者を利用するのであれば、Fは全くかかわりのないことで済ますことができます。そして、もしこれを私が防御することができたなら、次はいわゆる『オトシマエ』をつける行為に走ることになるでしょう。刑事告訴、通らなければ傷害に発展するような行為や事故に見せかけた傷害行為をも行う可能性が十分あります。もちろん、Fは絶対に前面に出てきません。そういう人間です。私が何らかの傷害にあうことがあっても、Fは法的に裁かれることはないでしょう。その意味では、私はFと刺し違えることもできず、単なる犠牲者であり犬死となる運命にあると言えます。
結局はこの、私だけでなく家族や両親までも傷つけるような行為を恐れ、そして、Fのなすがままにされて来ました。そして、そのことが多くの人々にご迷惑をかけ、多くの人々から借金をするという結果となりました。このことを、私は心より反省し、二度とこのようなことはしない、そして二度と恐喝にも恫喝にも負けないと誓い、今回の自己破産の手続きを開始いたしました。
しかし、先ほども述べたようなFのもたらす『現実』によって、私にとって『免責』は、再スタートを意味するものではなく、あくまでFとの先の長い戦いの始まりでしかありません。
そう思い、いつどんな『事故』が起きても自らの人生を悔いなく生きるよう、毎日を過ごしていると、今までに見えなかった家族の大切さや思い、そして、ありがたさ。また、私にとって何よりかけがえのない子供の笑顔や、手をつないだり抱きしめた時の温もりを本当に大切に幸せに思います。
免責がおりなければ、返しきれるはずの無い莫大な会社の借金を一手に背負うことになり、Fも生ぬるい取立てなどするはずもなく、根こそぎ一生の人生を狂わされることは、明らかです。私は、私の犯した罪を背負うだけですが、関係のない家族にまでその苦労を背負わせることは決してできません。
免責がおりればおりたで、おりなければおりないで、私にとっての戦いはこれからも続きます。大切な家族や子供、そして、私がこれから背負っていく『事故』へのリスクをかけて、今回の破産事件へとたどり着いたのは、ひとえにT弁護士のご尽力によるものが大きいです。あくまでFを恐れ、うまく私が生活できる範囲でFの顔も立てるような方法だけを考えていた私に、はっきりと進む道を示してくださったことは、どのような言葉をもってもその感謝を示すことは不可能です。
T弁護士は何気なく発した言葉かも知れませんが、私がこれから戦っていくための座右の名となったのは、『真実が一番強い』という言葉です。この言葉は、岡島による詐欺事件の証拠を紛失し隠匿され、証言も思ったように集まらず弱気になっていた私を奮い立たせ、そして、Fと戦っていくスローガンにも成り得ました。
もう二度と嘘や捻じ曲がった事実を並べるような人生は生きたくありません。大切な家族への思いと、自分の背負っていくリスクにかけて、はっきりと断言します。岡島による詐欺事件は実際に必ず存在します。そして、これから私は、私が出来るすべてをかけて、この『真実』を証明して見せます。この裁判がもし無事に終わっても、藤原は必ず次の手を打ってきます。それがどれだけ卑劣であっても、凄惨な結果を生んでも、私は『真実』だけを守り続けることを誓います。
そして、免責が通らなかったとしても、私はこの『真実』を訴えかけ、証明していきます。いつしか、真実を曲げる位なら、自ら命を絶つ方がまだ良いと考えるようになりました。FとFの会社のために家族に嘘をつき、悲しませた罪を私は一生忘れません。だからこそ、もう二度と『真実』を曲げることはしないと誓います。それが例え獄中であれ、死後であれ、認められるまで、『真実』を訴え続けます。そして、Fの脅迫や恫喝によって『真実』を曲げるようなことは、これからも絶対にしません。子供に対しても、脅迫や恫喝に負けて『真実』を曲げたりごまかしたりするような、恥ずかしい父親ではなく、誇りを持って戦っていく父親でありたいと心から思い、そうあることを誓います。