前の年に言われたんだよ
「もう、お前をかわいがるワケにはいかないんだ」
ってさ
兄貴を浦和に置いてきただろ?
ってゆっても、兄貴はお祖母さん子だったから母親の家出にはついて行かなかったと思うよ
母親なりの理由はこうだ
「離れて暮らしている長男がかわいそうだ。お前は一緒に暮らしている」
平均をとって、
お前にはもう、手をかけない
とさ
だから小学校帰ると、母親が指定した店に行って飯を食べる
昼に母親が食べた食堂でアタシの夕飯分も払っておくのさ
アタシはそこに行って一人で食べるだけ
でもさ、夕飯を食べる時間が3時くらいだろ
寝る前には腹ペコさ
朝は毎日、ひもじくて目が覚める
お客さん、経験あるかい?
ひもじくて自分の指を噛んで痛くて目が覚めたコトって、あるかい?
そのころのアタシは毎日がそうだった
「あぁ、やっと食事にありつけた!」と思った瞬間に目が覚めるんだよ
文句は言わなかった・・・・ただ、その日だけは特別だと思って我慢していたんだよ
手をかけないって言ってもさ、自分で産んだ子供の誕生日も忘れるもんかね
子供はさ、その日が来るのをどんなに楽しみにしているか、お客さんだって経験あるだろ?
いつもより豪華な食卓さ
なんとなく自分の好きなものばかりテーブルに並んでいる
なぁに、和洋折衷でもかまいやしないさ
赤いイチゴがのった白いクリームのケーキ
いまでも、夢に見るよ
一縷の望み(いちるののぞみ)っていうのかい?
前の年も食卓にはなんにも並ばなかった
「きっと去年は忘れてたんだ。今年はきっと・・・」
なんで、夢をみていたんだかねぇ
結局、ショートケーキのひとかけらもテーブルにはなかったよ
それで、ついにやっちまった
なんて言ったのか、覚えちゃいないけど母親の癇に障ることをワザと言ったんだ
カラダの大きな母親の手はやっぱり大きくて、チカラも強い
一発目で、痛いというよりしびれるんだ
二発目はジーーーンとしてくる
三発目、意識には無いよ
それでも、気が収まらなかったんだね
アタシの髪をつかんで階段の上まで引きずっていった
無言でそこから突き落とされたのさ
どのくらい時間がたったんだろうね
九月はまだ日が高いはずだけど、もう夕方だった
不思議なもんだね
アタシはこの出来事をしばらく忘れていたんだ
飼っていた犬、猫を保健所につれて行かれた事もそうだけど、人間は本当に辛いことは記憶から消すのさ
生存本能っていうのかね
覚えているのは、自分の腹に当てた包丁が冷たくて驚いたことだけさ
お客さん、人間生きるのもしんどくてイヤになることもあるけどさ
生きていれば、きっと楽しい日が来るって、まだ11歳のアタシは悟ったね
アタシは今世で親になれずじまいだけどさ、子供を殺そうって
そんな心理はやっぱり、病気だろ?
アタシが消したかったのは母親の殺気だったんだろうね
ま、その一か月後にポックリ母親は酒と薬で死んじまったんだけどさ
「眠れないから」って、薬屋のおやじからもらっていたんだよ
前日に別れた亭主の実母と妹が草津に観光に来ていて、母親の呼び出されて聞かされたんだね
元亭主が再婚した、と
他に何を言われたんだか、知らない
その晩は、ひどい酔いざまで帰って・・・・・荒れていたねぇ・・・
もっとアタシが大人だったらね・・・助けられたかもしれないし、家出について行ったのが兄貴だったら
もっと母性に目覚めて違う母親になっていたかもしれない
ほんとに、人生なんてさ
ピタリ!とくる答えなんて見つからないもんなのかねぇ・・・・
あぁ、母親が亡くなったおかげでアタシはこうして生きていられるんだけどね
雪、やんだみたいだね
早く春がくればいいねぇ