前回から続きます

あー、余計なことをいって、
相手を不快にさせてしまった…

しかしながら、あのまま、
ずっとうんうんと聞いているのも
私が耐えられない

と、いろんな不快さが加速して増えてきて、
自分を痛めつけたくなりました。
自分を悪者にして、罰することで、
けりをつけて
私はこの不快から逃れようとしていたのですね。

少しだけ殴りかけたのですが、
そのときに、体の中のどこかからか、
声が聞こえてきました。
あえて、ことばにするなら、
「無力な私が辛い」
…んー、これもちょっと違うかな
声にはならず、ただ、呻いて泣きました。

終わるまで、そうして、
その夜はそのまま終わりました。
ただ、気持ちだけは不思議とすとんと
落ち着きました。


翌日、仕事の帰り道、
歩いているときに、不意に自然に
「私は何があって、自分がどうにもできない
と思う、嫌な状況に対して、あんなに
不快感をもつのだろう…」
と、自分の感情に興味がわいてきました。

今まで、不快だと感じることからは、
ひたすら逃げたかったのに。
逃げたいのに、そんな自分があかん
と思っていたのに。


今なら、自分のいやな感情に対して
フォーカシングできるんじゃないかと思い、
家に帰って、やってみました。

そしたら、できるじゃん!
いやな感情と一緒にいることができるじゃん!


嬉しかったです。

何があって「なにかしなくちゃいけない」と
思うのでしょうね。
これから、気長に聞いていこうと思います。


面白く感じたのは、
「何があってそう感じるの?」
というアプローチは、ずっと前から
知っているのに、
自分に対して自然に使えたのが、
この時が初めてだったことです。

知識で知ってることと、
体(?、潜在意識、かな?)に落ちるのとは
やはり違うし、時間がかかるものですね。