『sirius 2』




泣くつもりなんかなかった

というより

自分が泣いているということに気がついたのは、彼女が俺の頬を伝っている涙を優しく指で拭ってくれた時だった

「わたしの…せい?」

まずい

間違いなく彼女は何か誤解している

「違う、そうじゃねぇ。」

「でも…」

これ以上涙を見せないように再び彼女に背を向けると、いよいよ戸惑っている様子で

「じゃあ、どうして?」

「それは…」

さっきまで、彼女の父親と書斎にいたのにはちゃんとした理由があった

強引に誘われたとは言え、水の出ない部屋で一晩過ごすのが不便だったことは間違いなく…彼女の家に泊めてもらえるのは素直に有り難かった

だからこそ

きちんと礼をしておきたかったのだ、いつも彼女にしてもらっている差し入れやなんかの分も含めて

「これ、少ないんですが…」

俺が差し出したわずかながらの謝礼を「娘に怒られるから」、と親父さんは頑として受け取ろうとはせず

「彼女には黙っていてください、お願いします。」

そう言って机の上に封筒を置いて部屋を出ようとした時…俺の肩を掴んだ親父さんが静かに話し始めた

「私はね、もうずいぶん前から君を本当の息子のように思っているんだよ。もちろん大王様の代わりには到底なれないがね…だから、こういう気遣いは今回だけにしてくれると嬉しいね。」

そう言って微笑みながら俺の背中をポンと叩いてくれた親父さんとのやり取りは、彼女に話すつもりはない

幼い頃から

女手ひとつで苦労して育ててくれたおふくろのためにも、他人に頼らず生きていけるように強くなりたかった

でも

大人になるに連れて自分が如何にたくさんの人に支えられて生きているのか、ということを自覚していたつもりだったが

「ちょっと…昔のことを思い出しただけだ。」

とりあえず、もっともらしい言い訳をしなければ彼女まで泣きだしてしまいそうだ

「昔って?」

「ガキのころから…おふくろが夜勤の夜はひとりで留守番してたから。夜中に目を覚ましても星の名前を教えてくれるような父親もいなかったしな。」

精一杯明るい声で話したつもりだったのに
 
「…寂しかったってこと?」

彼女に抱きつかれた背中に濡れた感触がした

「泣くなよ。」

自分が泣いておいて言えた義理ではないが

とにかく今夜は

おふくろや死んだ親父もひっくるめて、あらためて家族の温もりを感じて胸が熱くなってしまった…ただそれだけのことなのに

彼女をこんな風に泣かせてしまった自分がつくづく嫌になる

「あのね、シリウスってひとつの星じゃないんだよ。」

俺の背中にしがみついたまま、涙声の彼女がつぶやいた

「…どういうことだ?」

「ものすごく近くにいるふたつの星が合わさって、ひとつの星に見えてるんだって。」

たぶん彼女が俺に伝えたいのは

「ひとりぼっちじゃないってことか?」

返事をする代わりに絡められた細い指先は今も昔も…この先もずっと



どんな闇夜も明るく照らす、最強の道標に違いない




fin



※ちょっとしんみりしてしまいました💧個人的にパパと彼の関係性が大好きなんです。



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