『farther's day』
土曜の午後
バイトに行くまでのわずかな時間に彼女と出かけた近所のショッピングモール
二階でTシャツを見ていると、彼女が不自然に視線を逸らしたのに気がついた
「えっと、一階にあったドーナッツ屋さんに寄ってもいい?」
「いいけど…」
彼女が視線を逸らした先をさりげなく見てみると
ああ、なるほど
衣料品売り場の一角に設けられた『父の日』の特設コーナー
父親のいない俺に気を使ったのか
まぁ確かにガキの頃は父親がいなくて辛い思いもしたし、おふくろから死んだとしか聞かされなかった親父に会ってみたいと思ったこともあった
その後まさかの実の父親に命を狙われるというとんでもない展開を経て、何とかわずかな時間ではあるが親子として心を通わせることが出来たのだが
最期は俺の命を守るためにその身を挺して逝ってしまった
寂しくないと言えば嘘になるが彼女にそこまで気を使ってもらうほどの事ではなく
「明日は父の日なんだな、プレゼントは買わなくていいのか?」
エスカレーターを降りようとしていた彼女の腕を取りなるべく明るい声で問いかけた
「あっ、えっと…」
「なんなら一緒に選んでやるよ」
「いいの?」
「いいに決まってんだろう、ほら来いよ」
戸惑っているような表情の彼女に心の中で深いため息をつきつつ、その手を引いてネクタイやポロシャツといった定番の商品を見て回り、結局は文具売り場で親父さんが仕事柄良く使っている万年筆をふたりで選んだ
「ねぇ、ほんとに良かったのに半分出してくれなくても」
彼女が代金を自分で支払うと言うのを強引に半分だけ出させてもらったのを帰り道でずっと気にし続けている
「親父さんには絶対言うなよ」
「どうして?」
どうしてって、結婚はおろか婚約すらもしていない愛娘の恋人に父の日のプレゼントをもらう父親の心境を考えてみろ…とも言えず
「どうしても!とにかく俺にとってはおまえの親父さんが実の父親みたいなもんだからな、感謝してる」
彼女を傷つけ泣かせた時も親父さんが俺の気持ちに寄り添って理解してくれたことでどんな困難も乗り越えて来られたのだから
「そんな風に言ってもらえてとっても嬉しい」
ようやくいつもの笑顔になった彼女から『彼は将来どんなお父さんになるんだろう』と言う心の声が聞こえてきた
「仏頂面で、とっつきにくい親父になるんじゃねぇの?」
「やだ、読まないでって言ってるでしょう!恥ずかしいんだから」
恥ずかしいのはこっちだ、馬鹿
「それでもお人よしで明るい母親がいたらなんとかなるだろ」
「それって…」
ちゃんとわかっているのだろうか
耳まで真っ赤になっている彼女以外にそんな女はいないってことを
fin