『call』



『会いたい…な』

かなりためらったのだろう

電話を切る直前に受話器の向こうの彼女が発した声はとても小さく、危うく聞き逃すところだった

夜も更けたバイトの帰り道

最近すれ違ってばかりでゆっくり話も出来なかった彼女にたまには電話でも…と立ち寄った公衆電話

驚きながらも嬉しそうな彼女と他愛もない話をすること数分

「じゃあ、またな。」

どうせ明日になれば学校で顔を合わせることができる、そう思いながら告げた直後の一言に慌てて硬貨を追加して

「なんかあったのか?」

理由は聞くまでもなく分かっているのに素知らぬ振りをして彼女の答えを待つ

『ううん、ただ会いたいなって思っただけ。いいの、明日また学校で。』

「ほんとにいいのか?」

期待した通りのセリフに苦笑いをしながら聞き返してみる

『だって、もう遅いし…そうだ!』

「なんだよ?」

『今夜、わたしの夢の中に会いに来てくれたら嬉しいなぁ…なんちゃって。』

「…」

彼女が勝手に見る夢の内容に責任は持てないし、何よりあまりにも少女趣味な提案に俺の方が恥ずかしくなった

でもまぁ、たしかに

特に用もないのに会いに行く時間ではないのは分かっている、分かってはいるが

「十分後に門の前で待ってろ…暖かい格好でな。」

『えっ?ちょっと、ま…』

彼女の返事を聞くのももどかしく、電話を切ると同時に走り出した自分に呆れながらも

全力で急いだため十分もかからずに着いた洋館の門の前に彼女はすでに佇んでいた

「あのっ、ごめんなさい…わがまま言って。」

さすがに息が上がってしまった俺を見て申し訳なさそうに俯いた彼女を抱きしめ、長い髪に唇を押し当てた

「たまには、な。っていうか、わがままでもないだろう…これくらいのこと。」

「ううん、電話だけでもすごく嬉しかったのに…ダメだよね、どんどん欲張りになっちゃう。」

そう言って俺の背中に回された細い腕をそっと剥がしてひんやりとした頬を両手で包む

彼女のわがままとは比にならないくらい欲深い自分の望みを叶えるために

たぶん

受話器を手にした時点で、会いたくてたまらなかったのは俺の方だ



fin


※私のお話は原作連載時(1980年代)の時代設定なので携帯電話などは存在しない事にしています。