愛とは
愛は見捨てない
愛は否定しない
全ての感情
全ての想い
そのまま受け入れる
肯定的な言葉を
私の中に放っていると
真逆の感情と想いが浮上してくる
その時に私が陥りがちなのが
「これでアファメーションが台無しになってしまった」
という意味付けをしてしまうことです
しっかり意識を集中して
このネガティブな感情も想いも
アファメーションがちゃんと入っているからこそ
「解放されるために浮上してきてくれた尊い感情や想いだ」
ということをどれだけ早く思い出せるか
それを思い出せたら
そこからは
その感情、想いに
寄り添い
共感し
理解して
励まし
泣き
そうやって優しい言葉をかけながら
解放させてあげる
そんな保護者のような立ち位置に
意識が変わる
私の場合は です(^^)
こうやって
自分の中にいる
「ネガティブで面倒で厄介な存在」
をちゃんと受け入れてあげることができれば
人間関係でも
「ネガティブで面倒で厄介な存在」
を嫌ったり
排除したりせず
何故そうなっているのか?
寄り添ったり
共感してあげる余裕もでてくるんじゃないかなあ
偉そうに書いている私は
正直まだそこまでの域には達していません笑
随分マシにはなってきています
自分の中にいる
「ネガティブで面倒で厄介な存在」
をいつも受け入れて解放させていれば
人の中にあるそういう要素にも寛容になれるはず
そう考えると
やっぱり
感情解放は一人一人の義務だと感じます
愛は
自分のも他人のも関係なく
ちゃんと感じて解放させることなんじゃないか
そんな風に感じています
例えば
惨めったらしい人をみたとき
目を背けたくなったり
責めるような気持ちがわいてきたり
したとして
愛は
その人の惨めな気持ちを自分事として
感じて解放する
その人を見て何か感じているなら
感じているのは私だから
愛はそうやって
ごまかさず
ちゃんと感じて解放する
そんなことを想った今日でした
とにかく自分の中の拗らせた存在を
ちゃんと解放して
ご機嫌にしてあげないことには
自分が本当にやりたいこととか
わからないし集中できないと思うので
(私がそうなので)
引き寄せの土台としてこれからも取り組んでいきます☆
それではまた
いつかの明日に(^^)
13日目いってみよう☆