彼女の周り。つまり『玉依姫』の守護者となった珠洲の周りが不穏な空気に包まれた
それでも、彼女は必死になって現状を把握しようと試みる。
守護者として五人、元々の守護者である重森晶・弟の陸・転校生兄弟壬生克彦・小太郎
そして、彼女が兄と慕っていた天野亮司
しかし、豊玉姫が引き連れてきた守護者達の力は新たな守護者の前に
大きく立ちはだかった。
「真緒姉さん」
嬉しそうに笑顔を見せる彼女とは対照的に守護者の者たちの表情は硬い
「ねえ。勾玉を渡して頂戴」
「・・・なにを言っているの?」
豊玉姫として表れた真緒の言葉の意味が珠洲には理解できない
けれど、隣にいた亮司は気付いていた
真緒が指し示すものの意味。
「なんで・・・?姉さんが・・・妖を引き連れているの
豊玉姫って・・・」
震える声で告げる珠洲の姿が面白いのか
真緒は妖艶な笑みを浮かべながらじっと見つめている
「ねえ。渡して・・。貴方は玉依姫になったのでしょう?
それとも、私の願いを聞き入れてはくれないの?
それならそれ相応のことをしてでも、奪わなければならないけれど」
「どういうことかな?これではまるで妹と敵対すると聞こえるのだが」
そっと珠洲を庇うように立って亮司は真緒へ視線を向ける
突然の亮司の言葉に、真緒は亮司を見ると嬉しそうに声をかけた。
「あら?私の婚約者も立派な守護者におなりね」
「ああ・・・。自分で決めたからね」
いつもの穏やかな亮司からは考えられないほどの冷たい視線に
珠洲は驚きと戸惑いを隠しきれない。
「そう・・・。守護者になったのね・・」
「姫。痛い目にあわせなければ駄目のようですな」
真緒の隣にいた妖、弥勒が杓杖をならし
戦いが始まった
それを止めるすべを珠洲は持っていない
光に包まれ、各々の守護者達が己の宝具を手に
戦っている
目の前では亮司と弥勒が槍と杓杖で戦っている
呆然と戦いを見ているだけだった珠洲の前に、真緒がたち
にっこりと笑顔を見せながら珠洲の顎を持ち声をかけてきた。
「ねえ・・・。貴方はこんな人たちを信じるというの?
幼い頃から貴方と一緒に育ってきた姉よりも?」
真緒の柔らかなものの言い方に、珠洲の心は揺れ動く。
きれいな真緒姉さん
優しくて、暖かくて・・・・。
「貴方のことを誰よりも分かっているのは私よ」
「珠洲!聞くな」
弥勒に押されながらも、必死になって叫ぶ亮司の声
珠洲はぐっと目をつぶり、意を決したように口を開いた。
「私は・・。守護者を信じてます」
「あら?最初はあんなにも警戒していたのに?」
「それでも、守護者を信じます」
「・・守護者が何故貴方を護るべき存在なのか知らないくせに
よく信じるといえるわ」
「え?」
真緒の言葉に、ためらいを覚える。
守護者の意味?
そんなこと考えたことすらなかった。
けれど、必死になって首を振り叫ぶ
「姉さん!お願いだから、あの時の姉さんに戻って!」
どんなに珠洲が懇願しても、真緒は笑って何も言わない
唇をかみ締め零れそうな涙を必死に堪える
それどころか、自分の守護者達の体力も限界に近いことを知る
妖と人間
当然体力にも違いが生まれたのだろう
あたりを見ながら、珠洲は痛々しい顔を見せた。
「そろそろ、決着をつけようか・・・」
「なにぃ!」
亮司の言葉に、珠洲は視線をそちらへ向けた
大きく深呼吸し、槍を構え一気に距離を詰めた
あたりに大きな爆発音と煙が立ち込める
「亮司さん!」
しばらく土煙であたりが見えなかったが
その中から現れたのは亮司だった。
「亮司さん・・」
「やあ。久しぶりだね」
「あなたこそ」
「亮司さんからも、真緒ねえさんに言ってください」
すがりつくように亮司に告げる珠洲を見て
直ぐに視線を真緒へとむける。
(きっと、亮司さんがが真緒姉さんを説得してくれる)
珠洲はほっと胸をなでおろした。
しかし、それは直ぐに驚きと変る
亮司の槍が真緒をまっすぐに向けられている。
「亮司さん・・・。どうして・・」
「そう・・。やっぱりね。貴方はそうすると思っていたわ」
「僕はまだ、この子を玉依姫にするわけにはいかないからね」
「なん・・で・・・」
冷たく視線を向ける二人の姿に珠洲の瞳から涙があふれ出る。
優しい真緒姉さん、優しい亮司さん。二人がいたからどんなことだって我慢できた。
どんな困難にだって。
それなのに・・・・・・。
それなのに・・・・。
ぼろぼろと涙を流し、この状況を見つめている珠洲を亮司は優しく
壊れ物を扱うかのように引き寄せた。
「大丈夫だから・・・」
「亮司さん・・・」
「・・そう、本当に勾玉のことは知らないようね」
真緒の言葉に、戦っていた妖は突然戦いをやめ
真緒の周りに集まるとそのまま姿を消した
困惑した様子の守護者たち
しかし、珠洲の頭はぐちゃぐちゃだった。
姉と慕った人の突然の変貌
それも、自分の命を平然と狙い
幼い頃から知っている幼馴染や弟、婚約者にまで向ける冷たい仕打ち。
「珠洲・・・」
「どうして・・・。真緒姉さんを説得してくれなかったんですか?
二人は婚約していたのに・・・
お互いを大事にしていたんでしょう?」
「珠洲!」
抱きしめている亮司を見上げ、零れる涙を拭うことなくつげ
あまりの出来事に気を失う
遠くから、亮司や他の守護者の声が聞こえた
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「主は、もう大丈夫だ」
式である加奈の言葉に、誰もが胸をなでおろし
それぞれの家へと戻る
―どうして・・・。真緒姉さんを説得してくれなかったんですか?
二人は婚約していたのに・・・
お互いを大事にしていたんでしょう?―
不意に彼女の言葉が頭をよぎる
僕にすがりつくように、真緒を説得してほしいと願った
瞳に涙を浮かべ必死になって
それでも
「僕が誰よりも守りたいのは 」
さわわ・・・・・
風が亮司の髪をなでる
風の音と木々の音で言葉はかき消される
選ぶのはいつだってたったひとつだけなのだから
恋したくなるお題より 『つかめる赤糸は一本だけ』
『ルージュの挑発』に続く 8/11改訂