【特集 現代の101人】


7首+エッセイ


 木立                橋本喜典


 古書の埃             篠弘


 彼岸会              大下一真


 雨の向かう            島田修三



7首


 人事                柳宣宏

【巻頭作品20首】


おぼろ月夜     島田修三



【特集 若き才能を感じる歌人たち】


提言 若き歌人へ   


     二つの力とバランス          島田修三


シンエイ16氏による競泳


     抜歯                   加藤陽平



【連載】


戦争と歌人たち㉘               篠弘


鉄幹・晶子とその時代⑤           加藤孝男



【歌集・歌書の森】


尾崎左永子歌集『薔薇断章』批評      柳宣宏



                 






作品Ⅰ


玉手箱ひらくやあまた情報の煙(けむ)に咳きこむ現代人は       橋本喜典


しもつけの古墳大きく見えくるに走る野の道狭くてめぐる        篠弘


カッキンと首すじ鳴りぬ今まではコキコキまたはゴキゴキなりしを    小林峯夫


車椅子用なくなりしを丁寧に畳みてしまう初冬母なし          大下一真


金正恩(キムジョンウン)ふくらみやまず百二十瓩(キロ)さすがに叔父貴は殺(と)らざるが是   島田修三


両足に立つ大いなる喜びをゴーダマ・ブッダ説きたまひけり       柳宣宏


月光桜は牧野博士が名づけしか土佐大月町を瞼に描く          横山三樹


九十年馴染み来たれるわが氏名ナンバー表示を怪しみ見るを       窪田多美


日当たりのよき山の斜面は何かしら明るし雉鳴く春の昼どき       齋藤諒一


八十を過ぎてわが膝笑うゆえ手すりに頼る駅の階段           齋藤博


「影深く生きよ」といふ詩読みしかば影とは何か思ひあぐねき      井野佐登


札幌の息子がマンション買ふと言ふ親を頼りて言ふのだらうか      中根誠


マフラーのさまにならざる着こなしに冬を耐えゐし晩年の父       柴田典昭


細長く白き光と見て過ぎぬ自転車置き場に点れるものも         今井恵子


駅ホームのスマホの列に文庫読む男あり今日は寒晴れ          簑島良二


ボランティアなさるそうねと掌の子猫お願いしますと差し出されても   松浦ヤス子


月光のするどき夜半を飼犬のゆまりする間を見上げておりぬ       伴文子


二重サッシュに嵌め替えられて風に響(な)る虎落(もがり)笛など知る子もをらぬ   荒井雪子


ていねいに鮭の飯酢を漬けている母の姿の顕ちくる雪の日        中里茉莉子


降誕節(アドベンド)に入りける朝をドイツより粉砂糖におう焼き菓子届く   高島光


コスモスの揺るる道ゆく夜は秋なが袖のシャツ揃えて置かな       松坂かね子


とどのつまり帰る処はここなのか冬のたたみの仏壇のまえ        曽我玲子


数日を埋もれいたる豌豆の照葉となりて雪間にのぞく          渡辺美恵子


今年にて賀状は終わりその次に思いあふるる十行があり         佐藤鳥見子


風をあび風に削がれてとぶ木の葉朝日のなかをきらめきながら      清水篤


祖父の姉が五代友厚の妻なれど朝ドラに一度も姿をみせず        岩井寛子


真っ白なレースのように咲くという唐朱瓜(からすうり)の花われは焦がるる   立原房江


今まさに熟成の時か冬りんご芯のめぐりに蜜にじませる         熊井美芽


飛行機の消えたる空はがらんだう父なる二人冬に逝きたり        大内徳子



まひる野集


がらんどうの体を埋むるすべはなくなだるるごとく寒波は襲ふ      加藤孝男


公務のためゆく旅なれど冠着(かむりき)の山を仰げばひとりの遊子   広坂早苗


金柑を煮詰める湯気がゆらゆらと顔をめぐりてたまゆら遊ぶ       市川正子


泡だちのよき石鹸に身をつつみていねいに今日の悔しみ洗う       滝田倫子


母を呼ぶこゑ透りくる街中に遠き日の耳となりてふりむく        寺田陽子


焼(く)べらるる丸太に生ふるひこばえに百年後なる森をおもひつ    竹谷ひろこ


浴槽に揺蕩う柚子の実幼児のごとく寄りきてわが身にふるる       齋川陽子


マイナンバーカード取らぬをささやかな抵抗とせし民草として      島田裕子


群れなさばいじめもあらむ会津より阿賀への県道わたりゆく猿      小野昌子


七草を過ぎて日ざしの麗らかに豆腐屋のラッパ近く聞こゆる       齋藤貴美子


パソコンの灯を消して眼つむれば椅子がしづかに回りだす夜       麻生由美


みづからを投げ出すやうにわが前をひとつ椿のくるめきて落つ      久我久美子


平均年齢四十歳(しじゅう)を超ゆるグループをアイドルと呼ぶ島国に生く   高橋啓介


虫のごと琥珀のなかに閉ざさるる日のあらばあれ硬き時間の       升田隆雄


一斉に駅伝選手の発つる時鳩の放たるる平和公園            中道善幸


「かるたの先生しばたさん」の札をさげ先生ならむ春の半日       柴田仁美


ヒーターもわれも日すがらエコモード細き炎に冬日を過ごす       岡本弘子


好物の海苔巻き持参し見舞いたり機嫌のよろしき夫を見守る       小栗三江子


支えられ走り来たりしコースへと深々と礼(いや)なしランナー倒る   岡部克彦


しかれども我は人間ほんとうは助けたくなき人もおります        吾孫子隆

マチエール


本当は君の子どもを産みたかった。さよなら、ららら、君への卵子   立花開


水鳥のような幼き声をもて戸外で雪を確かめる子は          富田睦子


霊力のいやおうなしに高まれる蝦夷の原野の契約社員         北山あさひ


吹雪の日切実に手をつないだのはさっちゃんでそれからさっちゃんはいない   宮田知子


サラリーマン川柳なのに妻のことばかりでお前気持ちが悪い      山川藍


発勁(はっけい)に一瞬たわむ腹の肉プッチンプリン揺らせふるふる  米倉歩


わたしだけ覚えていないオオムラの話に左の口角あげる        荒川梢


真っ白なエチゾラム錠落ちているひかりあふれる洗面室に       伊藤いずみ


湯気の中初めてしたるわが真似か見れば見るほど風呂掃除なり     大谷宥秀


階段を下る時ふと英雄的気持ちになりしが母には告げず        加藤陽平


また抜けし乳歯は屋根に投げなくてクッピーラムネの袋に入れおく   木部海帆


彼なりの精力剤であるらしい真冬のコーラよ奇跡をもたらせ      倉田政美


いつよりか分けて洗わなくなりし子の衣を吊るす紅鮭のごとく     小島一記


渋滞の道路で父の重体を思うほんとのわたしふきんしん        小瀬川喜井


愛のさなかの声もまぼろしひったりと眼つむればいつしか冬野     後藤由紀恵


職歴のひとつひとつによき人とわるき人ありむろん書かざり      佐藤華保理


耳栓をふかくふかくへ押し込みて電車に乗ればわれは冬の王      染野太朗

作品Ⅱ・人集


たかが雪されど雪なる東京の雪がテレビを占拠する朝     菊池理恵子


梅の枝に殿様蛙が逆さまに刺されておりぬ触るれば堅し    齊藤愛子


近隣の巨き駐車場のなくなりて谷の底のようなしずけさ    河上則子


子供らの「鬼は外」とふ声聞かず呟くやうにわれ豆を撒く   井上勝朗


祝婚の花火は黄にひらき枯野もわれもきらら煌く       宇佐美玲子


「左翼ですが文化は国粋主義者です」臆面もなく団塊男    伊東恵美子


朝採りしレタスは氷のごとくしてぬるめのお湯にゆつくりほぐす   山口真澄


幼き日おぼえし百人一首なれば歌の真意をやうやく知りぬ   藤森悦子


冬木木の庭に紅梅ふくらみて子の縁談のまとまる気配     鈴木尚美


初(うひ)孫の誕生未(いま)だ知らせ来ず名づけし名を呼び無事を祈りつ   阿部清


日本の領土と思いしや満州の歌会(うたかい)の様はのどけくありにき     佐藤正光


青信号ひとつ待ちて渡る人足に障害あると見ゆ        高尾明代


水仙に始まる庭の花暦静かに手折りて一輪差しに       有馬美子


誰の手も借りずに結婚したはずが別れるときは他人(ひと)の手借りる     山口昭子


それぞれに心を告げる年賀状しばし語らい文箱にしまう    田村郁子


はやばやとけものの苞を脱ぎすてて辛夷が勢ふ気配が動く   横川操


ひそやかに電波飛び交ひスマホにて足りる世となり空気が薄い  平林加代子


ふっくらと落ち葉の量に護られて蕗は小さき青芽を抱く    野田秀子


対岸に草刈る人の動きゐて草の香匂ふ川面の風に       稲村光子


からっぽの湯舟に猫は蛇口より落ちる一滴じっと待ちいる   大山祐子


幼児のハートの形のポケットに苺の味の飴ひとつ入る     齋藤冨美子


弱い雄は群れを去らねばならぬらし人間界でよかった吾は   草野豊


貧しきは落ちくるナイフを掴むとふ株価に底値のあるを思ふ日   塚澤正


柔らかきタッチにゴヤの描きたる「目隠し鬼」に興ずる男女ら   西川直子


啓蟄のごとく近隣うちそろい雪かきすれば我も加わる     飯田世津子

作品Ⅲ・月集


厳寒の裸参りに出陣の息子の顔つき引き締まりたり    鈴木智子


そこそこに人の寿命の長きゆえ情熱よりも制度にすがる    高木啓


檻の無き閉鎖病棟貼紙に記されし規則「自傷禁止」と    大葉清隆


児とおなじ目線になって見あげれば下から上へのびる航跡雲   浅井美也子


一穂の明かりを点し停電の闇の真なかに人は温とし       岡野哉子


気がつけば子に守らるる老い人となりて悔しや花いちもんめ    香川芙紗子


これが妻の腸内なるか禁断の絵を覗くごと懼れつつ見る     上野昭男


塩焼きか照焼きにするか決めかねてセールの鰤を釣り逃がしたり   清水京子


三和土とう言葉が不意に口に出づそこに生きいきとはらからの声   清水和美


大吉のみくじと歓び持ちかえり一字一字を読み返しおり   上根美也子


本二冊求めて過す三ケ日活字の中に揺られてをりぬ     菊池豊子


病棟の八階から見る東京は高き低きと無秩序の街      手塚智子


硬くなる寒さの中で筋肉は忘れてしまった動くことなど     笠松峰生


若き母が「出来ることをみつけやうね」とポリオ病む子の頭を撫でる   後藤元子


正月終え孫子ら一団帰りたり今宵はわが米一合を研ぐ      福井詳子


残りたる小さき白菜取りつくし雪の予報の明日に備ふる     酒井つた子


ひなまつりできぬを今も嘆く母九十二歳息子が四人      庭野治男


さあ生きよと言うが如くにゼラニウム赤あかと咲く凍てる窓辺に   袴田和恵


テレビでは曇りの予報でも今日はきっと雪だろじんじんしてる    遠藤良子


擦り切れた怒りのやうな花穂より一月アロエの花咲き上がる    智月テレサ


「調」と「月」同音なれば信仰に月待つならひ伝はりしとふ     奈良英子


年賀状孫の話題が多くなりほほえむ我は偽善者なるか    滑川恵美子


山頂の彩りたぐるゴンドラは山また山へゆるらに越ゆる    鵜沢静子


シクラメンのかおりただようひと時は僕がアイスで君はホットで(布施明)  須藤秋男


友ならば無言で墓前に立てようか俺ならひとり「馬鹿」とつぶやく   伊藤英伸


副作用しびれし指が落とす箸まず一本を床に拾ひぬ       野田珠子


運がいいのか悪いのか雪道にうずくまっても月しか知らない    広沢流


頭髪の量が少なくなるにつれ手足の爪は伸びを早める     宮内淑人


新年は諍いも無く明けにけり隣家の猫が挨拶に来る      諸見武彦


あなたの水たまりを踏んで気がつく放課後の自転車の瞬き   早計層

【特集 短歌この大きなる器】


意義1 自分を知る    ふと振り返ると         島田修三




【連載】


歌のある生活⑨                        島田修三




【短歌月評】                           柳宣宏

【アンケート 40歌人に聞く】


わたしのこの一冊、そしてわたしの姿勢


小高賢『この一身は努めたり 上田三四二の生と文学』      中根誠