中里茉莉子は作品Ⅰに所属している青森県在住の歌人。

1993年に第4回ラ・メール短歌賞を受賞している。

 

地元の中学校に勤めていた中里の歌には子どもがよく登場する。

 

はちまきの跡を残して日に焼くる子らの顔みなひまわりの花 

焼きたてのパンのようなる少女きてたちまち明るき朝の教室

遊び足りない子どものような貌をして初収穫のりんご並べり 

 

 

1首目、運動会かその練習の後だと想像する。はちまきを外して、笑顔いっぱいのなのだろう。

額にはちまきの跡を残して日焼けした子どもたちへの眼差しが優しい。

2首目、焼きたてのふわふわしたイメージとパンの弾ける音が、少女にぴったりで可愛い歌だ。

わたしの想像だとほっぺたがクリームパンで二の腕はコッペパン。

3首目、まだまだ遊び足りない子ども、大人の隙を見て遊びだそうとする子どもを早採れのりんごの並んでいる様に重ねている。

中里の、子どもたちの表情や気持ちの観察が活きている歌だと思う。

 

子どもたちの歌の中で、院内学級を詠んだものもあるのでいくつか紹介する。

 

病室にひっそりといる少年の点滴ひかる早春の朝

自らの足に自由に生きることたった一つの夢なる少年

カードゲームするとき余裕のまなこしてわれを負かしむ少年の顔

退院の予定再び長びける少年と眺める麦畑の青

 

1首目、春だというのに少しも浮かれた様子の無い病室で点滴で繋がれている少年。

その点滴こそが少年を未来へ繋いでいると中里は感じたのではないだろうか。

4首目、退院が再び延期になり、少年はどれほど落胆しだろう。まだ青い麦畑が、少年を残して進んでゆく周囲の時間のように感じられて苦しくなってくる。

 

なにかしらの治療のために学校に通えない生徒との距離感は学校よりも少し濃い。

そんな中で悲しいとか可哀そうだとか、そういう言葉でなく、少年の側に寄り添う中里の歌が私は好きだ。

 

中里は自然もよく歌にしている。

 

六つ七つ朝の畑にたたきみる西瓜の音は鼓のごとし 

コンクリの皮膚に覆われ生きる都市夜明けの空に春の呼吸す

縄文の人ら起こしし火の色に朝焼けてくる刈田の空は

どこまでも青く澄む空人間を忘れてしまいそうな雪原

 

 

1首目、朝の露に濡れた畑で西瓜を叩いている。

実の入り方で音が変わるから、高かったり低かったりするその音に収穫の近さを実感している。

朝の静かな畑に鼓のような音が響いている様子を想像するとなんだか愉快な一日が始まりそうである。

2首目、東京かどこかに出掛けた時の歌だろうか。

コンクリートに覆われた街に季節を感じられずにいたのだろう。それが夜明けの、都市が都市でなくてもいい時間と言えばいいか、

そんな少し緩んだ時間に春を感じ、安心を覚えたのだと思う。

3首目、青森には三内丸山遺跡をはじめ、縄文時代の遺跡が数多くある。

稲刈りの終わった、一面の苅田を燃やすような朝日。それはかつて縄文時代の人々が見た景色であり、自分のルーツを感じる景色でもある。時代を超えた繋がりを感じる、スケールの大きい歌だと思う。

4首目、冷たい風に吹かれていると身体も人格もどこかへ飛んでいくのではないかと思う時がある。

見渡す限り、空の青と白い雪原。その中で、自分が人間ではなく広大な自然の一部になっていくような不思議な感覚を覚える歌だ。

 

 

最後にもう一つ。

中里は満州で生まれ、幼い日に父を亡くしている。

父親への思いと、中里にとっての母親の存在の大きさが歌の随所に詠み込まれている。

 

思い出の一つだになきわが父の七十年めの二月の命日

詰襟の古き軍服脱ぎたくはないか写し絵の父を見上ぐる

父を知らぬわれの一生を見守れる木蓮庭に大樹となりて 

百歳に近づく母に灯りいる火種のごとき遠き満州

新しき畳に替えし母の部屋青き藺草の水辺をあゆむ 

 

3首目、父親の存在を求める度に、庭の木蓮の木を見上げて来たのだろう。木蓮の樹は幼い中里と共に成長し、今では大樹になった。

一生と言い切ってしまう無防備さに、亡き父と重ねてきた木蓮の樹がこころの拠り所なのだと感じる。

5首目、これは中里の母親が亡くなった後に詠まれた歌である。

母の使っていた部屋。新しい畳は青く、部屋全体が水辺のようで、その水辺を歩いてゆけば母親がいるような、向こう側に届きそうな、そんな気持ちだったのではないだろうか。

 

 

中里の歌は真っすぐだ。

子どもたちを、自分を取り巻く環境を、決して明るくはない感情も真っすぐ受け取って歌にする。

それを、きれいごとにはしないパワーと技術を持っていると思う。

少女のような視点や比喩の面白さ、詩的な言葉選びと調べなのにどこか風土の匂いがする。

そんな中里の短歌にこれからも注目していきたい。

 

 

ひりひりと蒟蒻炒りて激辛のきんぴらわれの冬の気構え

煮くずるる馬鈴薯皿に盛りつけて完璧ではなき安らぎもあり

誰が胸をこぼれし鈴か草むらに一夜を清く鳴きとおす虫

 

 

※今回紹介した短歌は、過去三年間のまひる野と第三歌集『二月の鷗』(東奥日報社)から引用しました。

 

 

小原和 (おばらいずみ)

近作は「ヘペレの会」発行の冊子『ヘペレの会活動報告書Vol.1』「白木蓮」15首。

 

 

 

 

クローバー

 

 

 

※3/22 (金) に更新予定だった「まえあし!絵日記帖(最終回)」は都合により4/5(金)に掲載を延期します。

 

このあとの更新予定

3/22  (金) お休み

3/29 (金) 12:00 麻生由美の大分豊後ぶんぶんだより(最終回)

4/5  (金) 12:00 山川藍のまえあし!絵日記帖(最終回)