・・・戻って来いよ!!
倒れてから国内外プロジェクトの至るところで、会議はナナさんいないんじゃ進まないから数ヶ月~半年ズラそうと再調整くださいましてね、久しぶりにリモート会議に参加しました。ぱちぱち。感謝致します。いつもありがとう!!(ぺこり、)

前回の記事をアップロードすると、お仕事関係者様の多くがいろいろ考えるところがあったようで、様々な励ましメッセージをいただきました。

(仕事に対する志や希望を諦めて、割りきって働いてきて、)
心が落ち着かない。
俺はこれまでかなり自由に生きてきた。
それはまるで空で雲が流れるように。
自分の思うままに生きてきた。
しかし、ナナと出会ってから、その自由が楽しくなくなった。

その姿を見ると、
声を聞くと、
妙に落ち着かなくて
ソワソワする。
だからこそ自由に気晴らしをと考えるが、頭から離れない。
心が落ち着かない毎日を過ごすようになった。
何一つ疑うことを知らなかった純粋な気持ちの若い頃。
精神的な繋がりがほしい。
そのためには仕事しかなかった。
もう迷ってられない、やるしかなかった。

(私が倒れてから、メッセージ)
勘違いされては困るのだけど、元気だったのに、意識が戻らない、こちらとしては相当メンタルがやられるから

フィクションでは無いよ!
実際、人が動くのだからね
そこを考えて下さい。
仕事なら時給が、発生して、キャンセルならキャンセル料を、請求するでしょう。
次はこの会社とは付き合わないとなります。
それに近い。
人間の性格の問題ではなく、常識です。

謙遜必要は無いし効果無しだから、是正して下さい。
毎度の空振り。
できない約束はしない。
早く戻って下さい。

・・・
日本の官財B派幹部がやって来た。
某案件のレジュメ。
一部の幹部が撃沈。知らなかった。
コロナのど真ん中で複雑になりすぎた。私は何とか妥協点を見つけ落とし込んだのだけど、担当幹部としてはなぜ助けを求めなかったのかと怒った。

担当幹部はナナから信頼されている自分を取り戻したいと願っている。ナナに甘えすぎていたと反省している。もっと優しくできたはずなのに、彼らには余裕がなかった。けれども、いまの彼らは生まれ変わったような気持ちになり、以前とは異なる考えを持った。ナナにいちばん頼られる存在になりたいと。

組織構造は再編した。
以前から何度も言ってきたろ。
小さい力で巨大な力を動かせ。
最大限周りの人間を使いこなせ。
それを継続できなきゃ、社長失格、B派幹部失格だぞ。
できていたら、今回のように倒れるまで無理する必要はなかった。
反省しろ。

(ありがとう。)



・・・
仲良し女性役人さんから、女性社会進出の国際シンポジウムがあって、お声をかけてくださいました。

(きっかけ、)
以前ネットニュースが話題。女性研究者の論文が高い評価を受け文科省は特別な予算確保。→彼女は実家で完成させ、学術論文の発表は1つの時代を築いた。→就活したが決まらない。→妥協結婚→離婚→悲観して自死。→父がマスコミを通し、如何に女性研究者が酷い扱いを受けているかを訴えた。

私「大学にしろ、国立研究所にしろ、本業の研究で結果を出せない、誤魔化し、誤魔化し、ラボを支配している研究者がたくさんいるから若い世代は入っていけない。それは男女関係ない。私が彼女の友人なら、研究ネタあり、お金あり、の段階で就活することを助言した。だって、研究ネタは尽きた、お金なしの研究者なんて、大学だって、国立研究所だって、どこも雇わないんじゃないのかな。」

これは自死された彼女に弔いの気持ちをこめたもので、生前の彼女が最も知りたかったのではないのかと考えたためなのだけど、民主主義は仕組みをつくって当てはめていくのではなく、黙って自分から始めていくものだと思うから。

私が日本で独立した頃の日本の経済界(大手)本社系女性社員は男性社員の花嫁候補。人事は男性社員の花嫁候補を採用する。会社のサークルで花嫁修業・毎日社内コンパ。開発部の女性技術の総合職はやっと一期生という時代であった。

従業員の5割リストラ。男女雇用均等法・女性社会進出。現実は期待した女性社員に限って結婚や出産を機に会社を去るので、男性社会には猜疑心しかない。【女じゃダメだ、男を連れて来い、】こんなのは日常茶飯事で毎日パワハラ・モラハラ・セクハラ。確かに仕事を続ける気がない女性の人件費を確保するために働きたい男性をリストラするのも矛盾した話でした。

バリキャリの口癖「男なんかに負けちゃダメよ!!」男性社員の前で遠慮なく言う。私は彼女たちとは違うとノースト・ノーテーラー・ノー黒ヒールにした。そしたらけっきょく官財の総合職女史から孤立した。

独立した当時、社内は私以外全員男性で、いまは半分の従業員が女性になった。

肝心なこと、うやむやにしてたら、別の形で、ぼんっ!!て破裂するのは必然です。

私の育ての父は社長だったけど、バブル崩壊以降取引先の部長と衝突して10年間1度も生活費を家に入れなかった。会社と家の財産を食い潰した。母に一緒に頑張ろうと言ったら、今更ママに働けって言うの?!!一蹴。あ、もう無理だと思った。この人はほんとうに働かなかった。冷徹な父に洗脳されたのが心地よいらしい。

私は父の会社と家計を支えようと今の自分の会社を立ち上げ、アルバイトも始めた。

学校の生協でアルバイトを発見。
富士フィルムのれん分けの写真屋さん。
カメラマン、時給一万円以上。
ホテルなどで結婚式や宴会のスナップ写真を撮る。学生のアルバイトが撮影したのに帝国ホテルでは120枚180万円で売ってた。経済の意義を知った気分。対価に見合っているのかではなく、お金のやり取りの先には生活を維持するって前提がないと意味がない。

私は父が老後の蓄えを用意し会社を清算するまでの大半を送金。最悪の事態から脱出すると決意するまで父の方針には口を出さない。父の会社なのだから好きにしたらいいと考えたけど、今の私ならもう少しうまくやれたのかなとは思う。

過去が現在や未来に化学反応することはある。
酷く疲れるから仕事時間外の過ごし方は重要。

今でも経済的に先々まで考える癖は当時の事があるためですが、自分の会社だけではなく副業や資産運用など色々自分のものにした。

気持ちは当時と変わらない、重化学の建設現場にいて、作業服・ヘルメット・安全靴を履き、権力を見上げ駆け上がった。

たまに過去の反省をし過ぎて石橋を割ってしまいます。

理性は最初は楽です。
本能的に動いたら最初は疲れるけど、「その後」は楽になる。

理性が働いても誰もその後の話はしないんだ。
でも人生って「その後」だけでできている。
その後って長すぎるから。

・・・
久しぶりの企業様から。
ナナさんの日本出張に合わせるから、久しぶりに会社主宰の企業対抗男女混合バスケットボール大会に出てよ!それまでに体力を戻してさ、

わたし。
ドリブルシュート苦手。走りながらムリー。
ドッチボール怖い。飛ばして頂いてもボールから逃げる。
3点シュートは100本中95本入る。
ある時の大会のこと。
実業団のスタメンがいて、私の前に立ちはだかった。
わたし遠くを指さし大声。
「あっ!!!!かわいい子いる!!」
スタメンさんは反射的に指の方に振り返った瞬間、私は逃げたーシュート!!入った!!。
スタメンさんは、あれー?!!
会場中が笑いに包まれた。

日本人は不思議さん。
照れているのか、男女共に本番前まではやる気なし、めんどくさいとかいう。しかし本番になると俄然やる気になって遠慮なく体を動かし、体全体で笑顔になる。

今年のバスケットボール大会。
NIKEさんがスニーカーをつくってくれるらしい。楽しみ。

日本人の皆さま、世知辛い世の中ですが、嫌なことは何もかもぶっ飛ばして、いつも笑顔でいきましょう。

ではまたね!!