みなさん こんにちは
今日は11月22日
いい夫婦の日
今年の命日で死別から26年
もうね 昔すぎて
結婚生活も3年ちょっと
夫婦といっても
20代だった頃しか夫婦してないわけだけど
当時は携帯もパソコンも家庭に普及してない
友達とは今みたいにメールやLINEなど無料の電話もなく
家電でしか話せない時代
情報もないし
思ったことを今みたいに時間関係なく伝える手段もなく
今のネット環境のない時代
寂しく孤独だった
もう子供が当時の私に近い年齢になってきた
もし 夫が生きていたら
もうすぐ還暦になるはずで
まるで想像できない
子供を溺愛したのは間違い無いだろうけど
歳を積み重ね
親目線から当時を見られる年となり
もし 当時の私くらいの年齢の人が
死別したなら
当たり前に
まだ若いんだから再婚するだろう
とか
これから一人で大変だろうな
とか
手を差し伸べたくなる
旦那さんの親族のしがらみにがんじがらめにされてたら
自由にしていいのに
と思うだろう
どこの視点からものを見るか
夫の親からしたら
ずっと墓守と供養をし
夫の代わりとなって家を守っていくのが当然だ
夫の兄からは
義母は息子を亡くして気の毒な身なんだ
かわいそうなんだから なんとかかんとか
と つい先日帰省した時にも言われ
ここでおわかりでしょうが
私の幸せを願う言葉を
一度もかけられたことがない
と言う現実
夫の実家は田舎の旧家の本家
夫は次男
親族の付き合いは夫の代わりをして当たり前
義実家と同じ付き合い方をしなければならない
(20軒ほどある遠い親戚まで)
そう 夫の代わり
歳をとれば人は成長すると思ってた
けど
相変わらず
自分たちのことだけ考えてる
一人息子や長男というならまだわかる気がする
結果的に
離れてよかった
変わらなかったから
夫はきっと
残した家族に幸せになってもらいたい
と願ってるだろう
いつまでも縛り付けたいとは思わないでしょう
私なら そう思う
親目線からしても
最初は義実家の人のように思うかもしれないけど
さすがに26年も経ったんだから
これまでよく2人で頑張ってきたね
の一言ぐらいあってもよくない?
と客観視する
いまだに 恩着せがましい言葉しか言えない人たち
年齢と人格は 関係ないってわかる
苦労しても
それを思いやりに変えられない人たち
私は 当時
子を亡くした親の思いを尊重して妥協してました
義両親が 10年間
毎月 月命日の夜に読経しにやってきて
夜9時ごろまでリビングにいる
こんなに続くと
嫌で嫌で 毎月ストレスになってきた
豪雨の時だけは自転車で来れないから
いつも雨降ることを祈ってた
義父はへビースモーカー
読経してリビングに移動し
灰皿 と言われ
渋々 灰皿を出す
子供が喘息持ちで アレルギー体質なのに
最初はさりげなくいってたけど
気にしない
息子の家だから好きにさせろと言う空気
いつも 帰ってから 窓を開け
空気清浄機をMAXにして
寒くても換気をするけど
数日臭いがが2階の部屋まで残る
子供が当時の私に近い年となり
私が親の立場ならどうするかと思う
さすがに10年毎月通うことはしない
そして子供も成人し
将来のことを思うと
再婚したとて
これまで一人でやってきたんだから
よかったね と思うだろう
本当に引っ越して
物理的に離れて
正解だった
いまだ
よくやってきたね
と言葉をかけられたこともない
あちらからしたら
これが当たり前らしい
変わらない人もいるんだな
あのままいたら
しがらみの中 詮索され続け
近所に親戚だらけ
肩身の狭い思いのまま
今の自由は手に入れられなかっただろう
子供が結婚したら一人暮らしになる
夫が生きてたら
全然違う老後となるのは間違いない
若い時に 痛みを経験したらかわかることも
たくさんある
経験は宝になる
辛い経験を学びに変えられる人になろう