自分の都合を後回しにし
相手の過剰な怒りを
受け止め続ける姿勢こそが
この空間での美徳だ
身振り手振りを交えて語る
身勝手な主張に対し
微小な頷きと
痛切な眉間のシワを
絶妙な比率で混ぜ合わせる
被害者の痛みを
誰よりも理解する
唯一の理解者であり
その寛容さは
カフェの静寂に溶け込む
完璧な絵画として機能させる
テーブルを叩くたび
手元にある陶器のカップが
かすかに揺れる
その揺れすらも
感情を受け止める包容の証明として
肯定する
身を乗り出し
前のめりで同意を求めてきた
視線が顔面に固定される
ここで目を逸らしたり
身体を引いたりすれば
これまで積み上げた
「無償の理解者」
という役割の純度が落ちる
微笑を深め
応えるように上半身をテーブルへと傾ける
その瞬間
肘がテーブルの端を
激しく押し下げた
老朽化したカフェのテーブル脚が
対角線上に傾く
目の前にある温かい紅茶のカップが
逃げ場を失って滑り落ちてきた
避けることは容易だった
身体を後ろに引けば
濡れるのは床だけだ
しかし
急激に退避する動作は
「完璧な聞き手」の余裕を破壊する
焦って逃げ惑う不格好な姿を晒すくらいなら
受け止める優雅さを
優先すべきだという自意識が動きを縛る
自分は慌てる素振りを一切見せず
傾いたカップを両手で包み込むようにして
滑りを受け止めようとした
だが
八十度を超える液体が注がれた陶器は
素手で保持できる温度ではなかった
手のひら全体に焼き付くような熱線が走る
激痛が脳幹を刺すが
作った笑みを崩すことは
自意識が許さない
引き剥がすように
手を離せば液体が跳ね
服を汚してしまう
結果として
灼熱の陶器を両手で挟み込んだまま
肘を突っ張って
テーブル上で固定する選択をとった
指先の皮膚が熱で収縮し
感覚が白く飛んでいく
痛みに耐えるあまり
顔面の筋肉が引きつり
引きつった口角のまま固まる
カップから溢れ出た茶色の液体が
両手の手首を伝って
袖口の中へと滑り込んでいく
熱と冷や汗が交差し
腕の毛穴が冷たく逆立ち
呆然とした視線を
真正面から浴びながら
指先を陶器の表面に固着させた
不格好な屈み姿勢のまま
ピクリとも動かずにその場に硬直する