引き算の残骸
公園の公衆便所のセンサーは
手をかざした瞬間だけ冷たい水を落とす
蛇口の下に手をかざす
水はただ物理法則に従って落ち
手を引けばぴたりと止まる
そこには何の意志もない
「なりたいもの」を探して
自己分析の本をめくっていた時間は
このセンサー以下の意思決定を
もっと複雑な言葉で
引き延ばしていただけだったのかもしれない
「やりたくないことリスト」ばかりを
器用に増やしていく
満員電車
無駄な会議
誰でも代わりがきく作業
そうやって嫌なものを排除し続けた
空間の真ん中に
ぽつん と残ったボクという自分
それは
「何者かになった特別な存在」ではなく
引き算の残骸みたいなただの空白
便所の鏡に映る自分の顔は
驚くほど普通で
何のストーリーも背負っていない
最初から何かを書きつけるためのペンではなく
消しゴムばかりを握りしめて
生きてきた結果がこのザマである
濡れた手の水を払い
生ぬるい指先をぐっと握り直して
夜の闇へ足を踏み出す
世界は
消されなかったものだけで
静かに動いている