まぐ家の実家に帰っておりました。-その1- | まぐまぐまぐろんブログ・・・略して、まぐロ

まぐ家の実家に帰っておりました。-その1-

月曜日午前中までお仕事中・・・すると、まぐパパから電話。



「おばあちゃん亡くなったんだって。」



そ、そうか。遂にこの時が来たか。実はゼロックス杯の2日前から危なかったんです。もう、その時点でお医者さんに「あと、2~3日の命です。」と宣告されたとか。まぐも大慌てで喪服を購入しました。結局、一ヶ月近くも待ってくれました。



実はまぐママのおばあちゃんもおじいちゃんもまぐが中学生とか小学生の時点で亡くなっています。まぐパパのおじいちゃんもまぐが小さい頃に亡くなっています。



実はですね、おばあちゃんと最後にあったのは大学生の頃です。その頃ですでに視力はかなり衰えていて、まぐを見ても「小さい頃のまぐ」しか頭に無いので憶えていないのです。まぐが居るにも関わらず、まぐパパに「○○くんは今、何年生だっけか? 6年生か?」と聞く感じでした。何度、説明しても目の前の大学生=まぐにはなりませんでした。



ちなみにまぐ親はどちらも山形出身です。今までは車で行きたくても、まぐが免許を持っていなかったり、ペーパードライバーだったりでした。そのため、まぐパパが一人で山形まで運転してました。しかし、今回はまぐも運転出来ます。さぁ、山形までレッツゴー・・・でも、雪いっぱいあるんだったら止めときます。慌ててて行こうとしたのですが、結局火曜日出発になりました。



そんで運転。な、なんとあの頃と違い、山形自動車道なるものが出来たのだ。知ってる人は少ないと思うが、山形自動車道は高速道路です。しかし、片側1車線なんです。ポールを挟んで反対側は対向車です。こ、こんな高速道路有り? しかも、地元民はびゅんびゅん飛ばすのでおよそ平均130km。まぐみたいにちんたら走ってる輩は煽られ放題です。逆もあって、80kmで走ってる車は邪魔でしょうがないんです。片側1車線なので抜けないんです。



実はね、昔はこんな高速無いんです。関山峠を越えるしかないんです。ようは山を普通に越えるんです。まぁね、そこには峠なんで茶店があって、滝などの名所もあり、まだ子供だった自分はその滝で泳いで遊んでました。滝って言ってもちっちゃいけどね。昔は面倒だったのよ。



おっとと、話が山形紹介になってしまいましたね。火曜日はこんなもんで終わりです。山形シンフォニーホテルでお泊り。次回も山形編でお送りします。ちなみに雪は降ってませんでした。さすがに3月だし、雪は歩道に汚いのが積もってるだけでした。田んぼは真っ白だけどね。