妄想劇場へようこそ。第7話。 | まぐまぐまぐろんブログ・・・略して、まぐロ

妄想劇場へようこそ。第7話。

*ここから先はまぐの妄想です。事実とは異なります。2001年、東京ヴェルディとしての1年目。我々は降格争いを経験してしまった。今よりも酷い状況から残留できたのはひとえに救世主エジムンドの影響である。しかし、今年はここまで救世主の獲得は行われていない。となると・・・救世主、いや残留へ向けてのラッキーボーイはヴェルディ内から現れる事になる。そうだ、あの選手が救世主なのではないのか!!




~以下、妄想~


・その選手は桐蔭-駒澤大学出身。関東大学リーグ新人王にも選ばれるが、惜しまれつつもサッカー部は途中で退部し1998年にヴェルディに入団(在学Jリーガー)。林、山卓らと同じ李コネクションの1人だ。その年のセカンドステージ横浜Fマリノス戦でデビュー。翌年のジェフ戦でJ初ゴール。延長でも直接FKを決めた。



・やはり、伝説となっているのがJリーグフェアプレー賞だ。李さんのアプローチ・コントロールの体現者でもあり、当時のラインコントロールは見事だった。「相手を反則で止めるDFが多い中・・・」で始めたコメントは秀逸。きっと、会場にいた人はみんなで秋田を見たであろう。



・1999年には日本代表にも選出。しかし、チームではその後スタメンから外されたり、残留争いを余儀なくされた。ヴェルディでもトルシエのフラット3に対抗して「頭脳派スリー」(林と川口)を結成したが、あえなく撃沈。負傷している間に富澤やらロペスやらにポジションを奪われるなど酷い目にもあった。



・どうも、その選手が居ないと勝てない試合が続き、GW中にケガする事が多い。試合に出場できずに監督解任の引き金になりやすい。事実、今年のHOT6の辛い時期にも試合には出られなかったのだ。そして、現在も彼の復帰はまだの様だ。そう、ヴェルディ好きな貴方ならきっと分かるはず。今年のJリーグ1発目のゴールを叩き出したその選手とは・・・




米山亜希子

「米山篤志」




*入籍おめでとうございます。何だか野暮ですが、置いてかれちゃった某選手のコメントが是非知りたかったり。それと、お嫁さんの小谷亜希子さんの画像がどうも水着ばかりだったので、アップ画像で申し訳ない。噂の東京マガジンの画像でもあればよかったんですけど。



・そう、米山篤志だ。何気に今年のヴェルディで米山がいない試合で勝った事が無いという事実。HOT6が大いに関わってる訳ですが、データを見ると出場時が「25試合 39得点45失点」に対して欠場時が「13試合 13得点35失点未勝利」なんですよ。いやぁ、このタイミングでわざわざ嫌な情報載せるなよって感じですが、これが杞憂に終わればいいんですよ。




~以下、妄想終了~




・いやぁ、調べてみると凄いもんですね。実は降格争いの2001年も序盤の酷い時にスタメン落ちで試合に出ていない。2003年も序盤でケガをしてしまい、そこから連敗街道でロリ解任。2003年の感想を見直すと、米山がいないのが響いたとか書いてあるんですよ。何気に今年もそうだったりする。昨年は丸1年間ヨネにケガが無かったので気にしてなかった。




・いやぁ、いなくなって初めて後悔するんです。次はまだの様なので、残り何試合かで米山が復帰してくれることを祈ろう。頼むぞ、ヨネ~っ!!そして、おめでと~っ!!