
記事引用元
https://ameblo.jp/myehoshusiah/entry-12951107488.html
ベタニアのマリア、
マルタの娘、、という解釈。
面白かったーーーーです。
先に↑のヨシュアさんの記事をお読み下さいね。
マルタは、イエス様に、柔らかい言い方だけれど、命令形で、、仰って下さい、的な言い方をしたりしていたので、イエス様より年上だとは、思っていました。
マルタが12歳くらいでザカリアのところに行き懐妊して子(ベタニアのマリア)を産んだとすれば、ベタニアのマリアと最短の年齢で約13歳差。
妹、、でも通る範疇。
ベタニアのマリアが24歳頃、イエス様は30歳。
(マリアは12歳で初潮が来て12年長血の病でいて、イエス様に癒されたので12足す12計算)
マルタはベタニアのマリアと13歳差で37歳。
御母マリアはイエス様が30歳で、13〜14歳頃ヨセフと婚約してイエス様を産んだので43〜44歳。
マルタより7歳くらい年上。
マルタが、12歳時、御母マリアは19歳。
御母マリアより若いマルタが先にザカリアに先に呼ばれても当たり前。
育児は若いうちの方が、周りに手助けしてくれる親族が多いので楽。年齢上がると親族が減るから、。
ザカリア家で跡継ぎが必要で今で言う代理母のような代理妻、第二の妻をもつ事は、ザカリアの正妻エリザベトが認めればオッケーです。
家督相続人を、産み儲けるようにするのは
正妻の役務でしたから。
年齢による検証では、あり得たそうですね。
まず、
マグダラのマリア(ベタニアのマリア)がイエス様と親族でなければ
イエス様と婚約関係にはならない。
御母マリアは、父ヨアキムはユダ族、母アンナはアロンの血族。
だからコーランでは御母マリアはアーロンの娘(子孫)と言われている。
聖書中でザカリアの妻のエリザベトが親族であると天使は御母マリアに言っている。
御母マリアはアロンとユダの血統を合わせもち、ユダ族としてイエス様の養父ヨセフと結婚した。
イエス様の御母マリアが、処女降誕でイエス様を産んだ、と
教会は、自然の摂理とかけ離れたことを言っているけれど、。
実際、人間の卵子のみ、ようは単為生殖で子を得ようとすれば、、、
母体の遺伝子のクローン、遺伝子の核が同じ、つまり女性しか生まれれない。
クローン個体は遺伝的に同一なため、環境変化や病原体への適応力が低下する場合が多い。
神様がなんでも出来るからと、いう理論は尊いけれど、。
物理的に卵子と精子が無ければ男子は生まれてこれないのです。
イエス様の時代には試験管ベビー、対外受精による産み分けも出来ない頃なのだから、、余計に、物理的に卵子と精子が必要なのですよ。
それにイエス様は人として産まれる前から神様であり、。
十字架にかかったから神様なわけでも、
御母マリアから産まれたから神様なわけでもないです。
十字架ありき、無原罪の御宿り、、の神学、、。
これらはイエス様が、十字架にかからず、
処女マリアから産まれて無ければ神様ではないとするもの、。
これは人側が神様であるイエス様を品定めしていることであり、不遜なことです。
イエス様が人の肉体を必要としたのは、イエス様が愛した誰か人の乙女と婚姻し、無原罪の御子を儲け、無原罪の人間を、、この世に生み出すためでした。
最初のアダム 1人の人から始まって罪は全人類に広がりました。
第二のアダム、無原罪のイエス様の御子が世界に広がり、
無原罪の御子らと婚姻した人と、、
彼らから産まれた子らが2000年前から広がり続けてたら、、、
今頃、地上は、今よりもっとユートピアでした。
したがって、、メシアは絶対に男子で産まれる必要がありました。
神様が預言されたメシアの名前イエシュアは、男性名です。
ザカリアは、聖書中で、聖霊に満たされた祭司として記録されました。
御母マリアは、聖霊に(満たされた祭司ザカリアに)よって御子イエス様を宿したのです。
わざわざイエス様の降誕預言とバプテスマのヨハネへの祝福を、祭司ザカリアはのべています。
そのザカリアの子、バプテスマのヨハネの誕生の天使の預言では、、。
バプテスマのヨハネが母の胎にいるときから聖霊に満たされていて、と書かれました。
バプテスマのヨハネの父は祭司ザカリアです。
バプテスマのヨハネが、、処女ではない母エリザベトと、
彼の父ザカリアによって聖霊に満たされて産まれれたのならば、、。
御母マリアが、肉体的にイエス様の代理父となった祭司ザカリアにより
聖霊に満たされて御子イエス様を産んでいてもおかしくないですよね。
イエス様は、人となられる前から神様なのですから。
御母マリアが、たとえ処女でなくても、聖霊に満たされてなくても、、
御母マリアのお腹に入ったイエス様の御霊は無原罪のままです。
それでも魂の器、肉体ごと無原罪にする必要があるため、
器も聖霊に満たし無原罪の状態にしました。
肉体も無原罪でないと、悪魔は、それを理由に帰順しないし、
イエス様を神様の子であることも認めません。
肉体ごと無原罪であれば、
帰順するしないは自由意志による選択であるのですが、
少なくともイエス様が神の子(最初の人、無原罪のアダムとおなじ状態)であることだけは、悪魔は否定できません。
祭司の結婚は処女でないと駄目、ただし祭司の妻であって寡婦となった女性とは婚姻可。
アブラハムの時代頃は、まだ遺伝子に傷が少なかったので、
異母兄弟姉妹との婚姻が出来ていた。
イエス様の頃は、同族婚、近親婚によって、
不妊や病気などのリスクが表面化してきていた。
祭司(アロンの血族)は、特に婚姻規定がきびしい。
最初は、母が違えば婚姻も良いとしていたけれども無理が出てきた。
世界では王族、貴族などが領地 権力の分散を避けるために、
同族婚をしていました。
遺伝子的な病気が多く出てました。
画像はダビンチの2枚の岩骨の聖母。
向かって右は、聖母の上横に男性のシンボルのように見えるものがあり、
向かって左は、男性の手の指のように見えるものが、聖母の頭上にあります。
ダビンチ、、処女降誕は、作り話で、肉体の父がいるんだろうー。と、
思いながら、、こそっとわかりにくいようにして、
当時の金儲け状態の教会批判。(笑)
マグダラのマリア(ベタニアのマリア)と婚約はしたのですよね。
イエス様は、、。
なら、あとは、婚約期間1年満了後の披露宴を済ませたら
床入り、事実婚となるのですが、。
そこまで行ってたら結婚の儀式の半分以上が済んでいて
マリアとほぼ結婚し終わった状態なのですよ。
あとは人に知られても知られなくても良くて、、
無原罪の子らを産み育てれば、
イエス様のメシアとしての目的は完全に果たされるのに、
なんでマリアと結婚しないで十字架一択だった??(・・?
という疑問が、
心の中に、うっすら残ってました。
それは、マリアと婚約期間が満了しても、
彼女とイエス様は床入りできなかったからなんですね。
異母異父兄弟姉妹同士はイエス様の時代でも婚姻禁止。
おまけにマリアは、自分が
イエス様の異母姉妹であることを知らなかった。
バプテスマのヨハネも、それを知らないで
異母兄弟のイエス様に横恋慕して命を落とした。
バプテスマのヨハネは、自分も、
自分の父ザカリアとマルタとの娘ならば
ベタニアのマリアと結婚できないわけで、
イエス様に横恋慕する意味がなかった。
最期の晩餐、奇しくも、イエス様とマリアとの婚約期間満了日。
イエス様が、過ぎ越しの晩餐をしたかったのは、
イエス様との婚姻を指折り数えて待っていたマリアのため。
形だけでも結婚の披露宴の儀式を模してあげたかったんだと思います。
ユダヤの民の祭司 律法学者らが、イエス様を受入れ、
無原罪の民の基盤となるか、
ゲッセマネで土壇場で3弟子がイエス様と心を合わせて、イエス様のために死んでも良いと自分の命を投げ出してでも助けたいと
祈り願って、人間が自分の命を差し出し捧げたと
同等の祈りを捧げるかしなければ。
十字架を回避出来なかった。
イエス様が、ただ単に十字架にかからずに済んでも、
マリアは、イエス様と結婚はできても、、
イエス様は、異母姉妹だったらマリアに触れれないから子は産めない。
無原罪のイエス様が大祭司として、
人の取り成しと贖いの儀式をし、
ユダヤの民を新たに聖別し直して、
無原罪の民、ユダヤ人をこの世に置けていたら、
多くのユダヤ人により無原罪の世界が始まっていたので
イエス様だけがメシアの責務を負わなくて良くなってた。
ユダヤ人が人の救いの基となるべく、
彼らは割礼やきびしい律法を課されていたけれど、
イエス様に背いたことで、その祝福を棒に振った。
イエス様を拒否したから、
全人類が、無原罪となるまで
メシアの責務は、イエス様の中では残っている。
ダビデの妻となったミカル、本当はメラブが最初のダビデの許嫁。
親のサウルが嫁ぎ先を変えた。
ダビデがサウルの殺意を知り逃げた時、ダビデの妻となったミカルを
サウルはパルティエルに嫁がせ、あとでダビデはミカルを取り戻したけれど、
ミカルは、心変わりしていて
ダビデから心が離れていて、彼女は、子を産めなかった。
イエス様の最初の許嫁は、ヨハナ、彼女は、ヘロデの家令クザに嫁いだ。
ダビデの2番目の許嫁のミカルは子を産めなかった。
ベタニアのマリアが、2番目の許嫁だから、
子供が産めない異母姉妹になったのかなぁ、、。
ミカルのことを思い出しました。
ーーー
ただいま、
あちこち筋肉痛と膝痛と戦いながら
大掃除中です。
台所と仏間は終わって、
あと玄関とお風呂の大掃除が残ってます。
台所のガス台掃除と食器洗いや入れ替えが、
大変なので、台所だけでも終わって、ホッ。
お猫さまに電気毛布にマーキングされて
台所のおこたでごろ寝、、。台所は寒いです。苦笑
電気毛布乾くまで、しょうがないです。
マリア