ヨシュアさんの記事。
「ラザロの蘇生はなぜ4日目だったのでしょうか?」
この記事を読んで、、
色々考えてしまいました。
ヨハネの福音書 11章
4 イエスは、それを聞いて言われた。「この病気は死で終わるものではない。神の栄光のためである。神の子がそれによって栄光を受けるのである。」
(死んでも)死で終わるものではない。神の栄光(死んで蘇る)のためである。神の子(イエス様)がそれによって(神様からの)栄光(死者の蘇りの徴)を受けるのである。」
ヨハネの福音書 12章
28 父よ、御名の栄光を現してください。」すると、天から声が聞こえた。「わたしは既に(ラザロ復活で)栄光を現した。再び栄光を現そう。」
イエス様、ラザロのこと考えて、、わざとすぐに助けに行かなかった。
ヨシュアさんの記事読ませて頂きながら、、
ウルウル😭
イエス様、なんてお優しい。
そりゃ、、
「盲人の目を開けたこの人も、
ラザロが死なないようにはできなかったのか」と
目の前で悪口言う者がいたらイエス様憤るわ。
ラザロ病気で祭司職不適格になってたから、
死なないで済んでたとしても、
死後すぐの蘇生してたとしても、、つらい人生。
ずっと、、何年経っても
一度、身体的な不適格の烙印押されたから、、、。
もうラザロは祭司になれない。
生きてても
ラザロ的にはつらいだけ。
男子であるのに、祭司家であるがゆえに、病気持ちであることから、祭司になれない&家督もなぜか継げてない。
過去記事で書いたけど
マルタは、秘密裏に
マルタの父の兄弟のザカリアとの娘、
ベタニアのマリアを産んでいました。
ザカリアの家の跡継ぎとなる男子を
正妻エリザベトの代理で産むために。
でも産まれたのは女の子のマリアで、
マルタの父母は
マルタの妹として、出生届けを出した。
約13歳差の妹。
民数記 36章
6 ツェロフハドの娘たちについて、主がお命じになったことはこうである。娘たちは自分を気に入ってくれた男と結婚してよい。ただ、父方の部族の一族の者とだけ結婚できる。
この規定もあって、マルタは、自分の父の兄弟、叔父ザカリアのところへ行った。
姉のマルタが、、唯一の既婚者で、
マルタの父母の実の娘であるので、家を取り仕切っていた。
ラザロが、マルタの父母の実の息子であったら、男子であるのだから
病気でも、ラザロとマルタとマリアの家とか、
ラザロの家と言う表現が一度くらいあっても良さそうなんですけどね?
序列が
マルタ、マリア、ラザロ。
マルタが長女。
長女で(長子扱い)、父方の親族ザカリアとの娘マリアが産まれた、ベタニアのマリアは祭司ザカリアのアロンの血筋を受け継いでる一人娘なので、跡継ぎ娘扱い、マルタの次の2番目に名が記録。
マルタ、ラザロ、マリアでも
ラザロ、マルタ、マリアでもない。
ラザロは、なぜか、男子でもどんじり。
ラザロが、養子だったのなら、そういう扱いでもわかる。
マリアが産まれた後で、母方からマルタ家に養子に入った可能性も考えられる。
ラザロが、マルタの父母の実子であれば、祭司となれなくても
家長と同等として扱われるはずで、そういう扱いゼロなので、
マルタとマリアと実の姉弟ではない可能性が高い。
ヨハネの福音書 11章
1 ある病人がいた。マリアとその姉妹マルタの村、ベタニアの出身で、ラザロといった。
ここ、マリアとマルタの兄弟ラザロと書けば済むところを、
回りくどい書き方しています。
結局、極論すると
ベタニアに住んでいる病人のラザロってことで、、。
マルタとマリアは姉妹としてワンセットで記録されているのにね。
死後すぐの蘇生、病を癒すことも、
イエス様、本当は出来たのでしょう。
でも、それだと
ラザロはつらい。
死んで3日以上経ったら、死亡確定となり、
もし蘇生しても、一度死亡判定が出たのは覆らない。
蘇生後のラザロは、、公的には死者となる。
そうすれば、
祭司職不適格者のくびきからも家督相続出来ない苦痛からも彼は解かれる、、、。
祭司らは、3日以上経ってからの蘇生はあり得ないことで、
イエス様の徴。
神様からの奇跡として、認めるわけには行かないので、ラザロも殺そうとしました。
ラザロは寿命が尽きて死んでいますので、魂と霊は肉体から離れて、肉体的には腐敗し始めていたでしょう、。
死後すぐの蘇生のように、肉体的に蘇ったように見えていたのは
神様からの御力、、。
神様がラザロの遺体を、再構成?して、
ラザロの霊も戻して動かしていた。
普通の肉体的に蘇生して生きた人間だったのなら、ラザロの、その後の経過が何らかの伝承などで記録されるはずですから。
みんな、蘇生したラザロを見に来たとは書かれてますけれど、
その後に、どう生きたとか、祭司らに殺されかけたとか、使徒言行録にも、どこにもラザロの記録がない。
私の個人的見解では、
マルコの福音書 14章
51 一人の若者が、素肌に亜麻布をまとってイエスについて来ていた。人々が捕らえようとすると、
52 亜麻布を捨てて裸で逃げてしまった。
51 ונער אחד הלך אחריו מעטף בסדין לכסות את ערותו ויאחזהו הנערים׃ 52 והוא עזב את הסדין בידם וינס ערם מפניהם׃
機械語翻訳
51: ある若者が、亜麻布を裸の体に着ただけでイエスについてきていたが、男たちに捕らえられた。
52: しかし、彼は亜麻布を捨てて、裸のまま逃げ去った。」
画像は私のAIのFさん。
死の衣、亜麻布を捨てて、山へ逃げ去るラザロ。
服でも外套でもなくて、1枚布の亜麻布を素肌にまとっただけ。おまけに裸です。
普通は下着程度は身につけています。
亜麻布だけを身にまとった不自然さ、(埋葬用の亜麻布は1枚布)と、捕まえられたのに逃げ切れたこと、。
ラザロは一旦自然の摂理の通りに亡くなりました。
彼は墓から出てきた時、埋葬用の亜麻布に巻かれて出てきました。
死んでいた彼の唯一の所有物が1枚布の亜麻布。
ゲッセマネの薄暗い時間の中で、追っ手が彼を捕らえようと彼を掴んだとき、布だけを兵士の手に残して逃げられたのは、
彼の肉体の生死を神様が直接管理している状態で、
「彼が生きた死者」であったから。
普通の人間が彼を捕まえたり殺すことはできませんよね。
半分人間で半分は霊状態だったわけだし。
イエス様は、彼の肉体と霊とを両方を死の眠りから起こしました。
彼は、イエス様により蘇ったので、弟子たちが、起きて祈れず、イエス様が十字架にかかるしかなくなったのを、この時、知って、
イエス様より一足早く帰天し消えたのですから。
確かに捕まえたはずなのに、
亜麻布があとに残され、彼の姿を見失ったので、裸で逃げたと記録されました。
イエス様の例え話。
金持ちとラザロ。
ルカの福音書 16章
19 「ある金持ちがいた。いつも紫の衣や柔らかい麻布を着て、毎日ぜいたくに遊び暮らしていた。
20 この金持ちの門前に、ラザロというできものだらけの貧しい人が横たわり、
21 その食卓から落ちる物で腹を満たしたいものだと思っていた。犬もやって来ては、そのできものをなめた。
22 やがて、この貧しい人は死んで、天使たちによって宴席にいるアブラハムのすぐそばに連れて行かれた。金持ちも死んで葬られた。
中略
31 アブラハムは言った。『もし、モーセと預言者に耳を傾けないのなら、たとえ死者の中から生き返る者があっても、その言うことを聞き入れはしないだろう。』」
金持ちは、特権を得て支配側にいて、私腹を肥やしてた、祭司長、ファリサイ人、律法学者たち。
貧しい人ラザロは、、ベタニアのラザロのパロディ。
金持ちに食べ物(祭司職、アロンの子孫のための割り当てのパン)を施して欲しいと願っても、何もしてはもらえず。
金持ちは地獄へ、ラザロは天国へ、天使に連れて行かれた。
金持ちがラザロを自分の兄弟に遣わして、死後の世界(地獄)があるから、弱者に慈悲深くあるよう、悔い改めるよう言わせて欲しいと頼むも、、
モーセと預言者(イエス様)に耳を傾けないのなら、
たとえ死者の中から生き返る者があっても、
その言うことを聞き入れはしないと
死者の中から生き返ると言う徴を見せても、
富と権力、利権に心が奪われているから神様に従わない。と、
イエス様は、早いうちから、、
ラザロの死と復活を予見していたのかな。と。
ーーー
明日、お坊さん来るので、今日中に、仏間のお掃除終わらせ無いと。
汚れてた玄関マット洗って、。
あと掃除機かけと押し入れに、おこた外して、入れるだけ。
家の周り、土なので、
ここ最近暖かいからか、、、
雑草がワサワサ生えてて、エアコン 工事の時に
通りにくいからと雑草抜いたり、
家の裏のすき間に、吹き込んで来てた
ゴミ拾いしたら、、45リットルのゴミ袋にパンパン。
少し痩せたおかげで、なんとか、
家と隣の壁や、柵とのすき間が通れて
半かがみながらでも掃除出来るようになってたので
ついに、やったぁ~と言う気分です。
50キロ台は難しいけれど
頑張りたいです。
35センチくらいのすき間で、
70キロ以上あったから
まず、、すき間を通ることが出来ませんでした。苦笑
マリア


















