日本橋から燕が濡れて五十三次春の雨
学生時代の親友から教わった都々逸を口ずさみながら日本橋の道標の前に立つ。
いよいよ出発の朝が訪れた。この都々逸がまさに自分の身に訪れようとは思ってみたこともないこともない。
通りがかりのサラリーマンを呼び止めてカメラのシャッターを押してもらった。親切な人だった。
そして・・・・意気揚々、男一匹まさほ君は五十三次の旅に出たのであった。
朝の空気は都会とはいえども澄み渡り、天上には雲一つない青い空が広がっている。歩く一歩一歩に
充実感がみなぎり、思わず叫び出したくなるのであった。この高揚感、長い年月水槽に閉じこめられていた魚が
いきなり大海に放たれたような気分である。自由とはかくも人の心をゆさぶるものか。思わずまぶたに
涙が浮かぶ。長かったなあ・・・・・・・・・。
ところで、バイザウエイ、約20分ほど歩いたあたりで、何だか変なのであった。交差点は人形町だ。えええ、
ここは何ヶ月か前に来たことがある場所じゃあないか。用もないのに水天宮の神社にお参りして
帰った記憶がある。去年はさんざん東京都内を散策したが、そのときに来たことがある場所だったのだ。
地図をよく眺めてみると、銀座発祥の碑のそばを通るはずになっているのに、この道じゃあだめだ。
そして、仕方なく元の日本橋の上に舞い戻った。ここから、銀座方向に舵を取り直して歩き始める。
ああああ、あの高揚感もたちまちしぼんでしまって、半ばしらけた気分で歩く。40分も無駄な
歩きをしてしまったのだから。
旧東海道は国道15号線に沿って歩くのだということに気づいたのは田町辺りにさしかかった頃だった。
万歩計を見ると20000歩を超えていた。段々と腰が痛くなってくる。背負ったリュックが重いので
それが腰に負担をかけているのだ。休憩が必要だ。コーヒー店に立ち寄りトイレで湿布薬を貼る。
靴を草履に履き替えてまた歩き出す。
しかし、人間の体は不思議なもので、30000歩を超えたところで、腰の痛みはかき消え、
川崎に到達する頃は40000歩を超えたが、なんということよ、足が妙に軽くなり、
勝手に動いているような感じになってきたのだ。この日のために鍛錬を欠かさず続けてきたが、
30000歩40000歩は自分にとっては未知の世界だったのである。
それとも、まさほ君は超人なのか、カプセルホテルで風呂に入って旅の汗を流した後で
川崎市街をふらふらと歩き回る余力さえ持ち合わせていたのである。
今夜は一人で派手に豪勢に焼き肉と決め込んだ。それも最上の肉だよ。
それでも、紅灯の巷を彷徨うことになれていないマサホ君は早めにホテルに帰り
もう一風呂浴びて、今、これを書いているというわけであった。
写真は明日載せるつもりです。みなさん、おやすみなさい。