やっと生え抜き主義?
昨日、新生京都サンガFCの2007年度キャプテンと副キャプテン3人が発表されました。高校を卒業してからサンガ一筋の斉藤大介選手が副キャプテンから昇格しました。
サンガの生え抜き選手としては(確か)2002年の『Mrサンガ』こと野口選手以来で、リーダー選手を移籍選手に頼っていたサンガにようやく頼もしいリーダーが育ったようです。副キャプテンも森岡選手はベテランとしてパウリーニョ選手は外国人のリーダーとして主将を支えてくれると思うのですが、若手から選ばれた3人目の選手がなんと渡邊大剛選手・・・申し訳ないけど
右サイドも支えられない彼には主将を支えるのはムリです(笑)
この事実がサンガに若手のリーダーが育っていないことを物語っています。今年新人として入団した安藤選手は一部でものすごいテクニシャン(中学校の時セゾンというチームにいた彼はピッチの状態が悪い時にボールを一度も地面に落とさないでパスをつなぎゴールしたらしい)と聞いています。彼には次世代リーダーとして大いに期待しています。
さて斎藤選手の話に戻ります。私が彼を見るようになったのは日韓W杯が終了した直後の柏戦からです。大旋風を起こした韓国チームの朴智星(ついでにファンソンホンも)を見に行ったのですが、二人とも休場で盛り上がりに欠ける始まりとなりました。そんな中黒部・松井両選手の活躍よりも(私は特に)鈴木慎吾選手のスピードや(弟は特に)中払選手の無茶ぶりに酔いしれました。
サンガの快進撃はその後も続き、特にチソンのドリブルは2人がかりかファウルでしか止められない切れっぷりでした。斉藤選手は毎試合出ていましたが、あまり目立ったプレーは無くむしろ1試合に1回は何かポカをやらかしていた感じでした。(当時キーパーの平井と斉藤、冨田晋矢の3人には何かとイライラした覚えがあります)
彼の評価が一変したのはあの伝説の元日決戦忘れもしない2003年元日の天皇杯決勝でした。
(臨場感を出すため以下敬称略)
一点リードされた後半、慎吾のFKをニアに飛び込んだチソンが決め同点、その後一進一退の展開の後慎吾が鹿島のCB二人と競ってこぼれた球を黒部が押し込み逆転!死ぬほど寒かった国立が燃え上がりました。その後の鹿島怒涛の攻めに時間だけを気にしていた私達は『いつ追いつかれてしまうのか?』という恐怖におびえていました。赤いユニの選手よりも走り続けた紫の戦士達も限界が近づいていました。
そのとき22番の選手が繰り出したスルーが鹿島DFを切り裂き、黒部とGK曽ヶ端が1対1に・・・堪らず足をかけた曽ヶ端にはレッドカードが出され3枚目の攻撃オプションを考えていたトニーニョセレーゾは控えGKを出さざるを得なくなりました。国立全体の5%ほどしかいなかったサンガサポが勝利を確信した瞬間でした。
あの日から『毎試合何かポカをやらかしていた斉藤』は姿を消しました。このときの優勝メンバーの多くがチームを去った今もサポーターの期待を裏切ることなく走り続けています。2004年J2での戦いを余儀なくされた時も移籍せずチームに残留しました。そんな彼をデブの西村は(何が気に入らないのか)干すという暴挙に出ました。バランスを崩したチームはスタートダッシュに失敗し、彼を干した監督と就任要請した木村文治は解任されました。
柱谷体制が決定したときにサンガタウンに行き、シャツにサインを求めた際彼とこんな会話を交わしました。
『今度の監督は使ってくれると思うから頑張ってね』
『ありがとうございます。自分は認めてもらえるよう頑張るだけです』
なんて真面目。そのとき私は誓ったのです、彼がどこのチームに行こうと現役でいる限りは応援し続けると。今回のJ2行きで正直彼にはFC東京かジェフ千葉などへレンタルで行ってほしかったです。これ以上J2のキャリアを積んでも年齢的にもメリットがないと思うからです。でも彼は残留し、主将としてチームを支えてくれることになりました。なかなかスタジアムで応援することは出来ませんが遠い地でずっと応援しています。
