最後を見届けることは出来なかったが・・・
『月イチブロガー』が奇跡の連続更新です(笑)
今日3月1日の那覇ー成田間のフライトを最後にJALの黄金時代を支え続けたボーイング747型機(通称ジャンボジェット)が引退しました。
本来であれば宮古島行きの飛行機の時間を合わせて最後の雄姿を見送る予定だったのですが、仕事の都合で事務所を離れることが出来ず心残りなお別れになってしまいました。
私とジャンボジェットとの関わりは初めて沖縄を訪れた18歳の春。
関西の某有名私立高校からエスカレーターで進学する予定だった大学から『来るな』と突っぱねられ、失意の中で受けた『共通一次試験』(う~ん懐かしい響き)で目標の点数に届かず、英語の2次試験がない大学から一発逆転の小論文の配点が一番高かった琉球大学の国文科しか選択肢が無かったため、受験ツアーで沖縄入りしたときに乗った飛行機がジャンボジェットでした。
付け焼刃の勉強が通じず、一浪した後に別の学科で再受験した際もジャンボに乗ってやってきたし、合格して初めて一人暮らしをする旅立ちの時もジャンボと一緒でした。
その後大学の休みでも、そのまま沖縄の企業に就職して年に2回の帰省をするときも、大方はジャンボジェットを利用していました。
紙切れ一枚で当時交際していた彼女と別れて茨城へ転勤することになったときも、転職して実家に戻ってから沖縄に遊びに来るときも、再び沖縄で仕事をすることになり戻ってくるときも(便数自体は減少していたものの)ジャンボジェットにはお世話になり続けました。
離島の業者担当になりメインで乗る飛行機が737-400に変わっても2~3ヵ月に1回の本土出張にはジャンボジェットに乗る機会がまだまだありました。
マイレージのランクがあがり(金色カードの)『プレミアム会員』になったときにジャンボの2階席で丁寧な接客を受けたことは、今でもいい思い出です。
しかしそんなジャンボもJAL自体の収益悪化により効率的な就航をを重視する方針でどんどん機体数が減少しついに退役することになってしまいました。
時代の移り変わりで仕方の無いこととはいえ、とても残念です。
私にとってジャンボジェットは沖縄と実家のある関西や東京、福岡をつないでくれていた虹の橋だったと思います。本当に
今までありがとう。そしてさようなら


