まじくるブログ【釧路】 -143ページ目

作業の一日

たーさんです。
最近は、全国的に天気が荒れている様です。

北海道の道東地方においては年内根雪にはめったになら無くて、昨日も暴風雨でひどかったのですが、道北や道南地方は雪なのに、慣例を保って明日以降も雪にはならなさそうです。

さて今日のまじくるは、通して作業の一日でした。

まず一つは、昨年から中間就労で、漁網づくり といって、漁師さんが使う網を手作業で作る仕事なのですが、漁網業界自体が高齢化率が高く84%で担い手がなかなか確保出来無いのが現状らしいのです。

始めて漁網づくりの話しがあった時に作業台など、僕が大工作業の経験を生かして、まじくるに来ていた方と一緒に作成した経緯があります。
今もまじくるの2階にある一室で漁網づくりの作業は続いています。そこら辺の話は、まじくるの事業報告書で書いてありますので、機会があった時に読んでみて下さい。

今回は、別の方面の方から福祉事務所委託の社会的企業創造協議会の取り組みで、漁網づくりにスポットがあたったらしく、福祉事務所から紹介された方などと一緒に、作業台から一緒に作ってみよう!という事でレクチャーする事になりました。

後は、お茶企画でゴボウ茶がなかなか好評でして、現在品薄状態です。
奈々美農園のゴボウがもうすぐ終わるようですので、サラダゴボウを少し買って お茶の下ごしらえとしてピーラーで剥いて乾燥作業さえしておけば、後でパックにするのは楽だからという事で本日やろうという事になりました。

同時作業で、今日は一日を通し作業三昧でした。 ちょつと疲れました~(苦笑)

そんな作業を写真で紹介します。

作業台作成 1
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作業台作成 2
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作業台作成 3
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作業台作成 4
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ゴボウ茶1
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ゴボウ茶2
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まじくるの空間は同時作業で、他にパソコンをする人や打合わせのテーブルなど、忙しく一日は終わったのでした まる!







iPhoneからの投稿

自分のことは自分で決める。

たーさんです。
冬は なかなか苦手です。
年を重ねてくると、特に思うのでしょうか? 子供の頃は多分、楽しかった季節だと記憶してるけど、冬という季節を好きになれる心のゆとりがほしい(笑)

今日のブログも ひとり事です。

まじくるで、たまーに振り返りなんかをするのですが、そんな中で言葉の意味合いを共有することは、深く掘り下げれば掘り下げるほど共感では無く、共鳴する所が、人の種類と言うか?属性の違い?また、視点の違い?生きて来た背景?‥‥ひとによるなぁ~ を考えるというか、そこからグルグルとネタにして書いてみようかなと思います。

なんかいろいろあるけど、同じ単語で話してもすり合わせすることに難儀を伴う事に見えないカベを感じることがあって、相手が作るのか?自分が創ってるのか?良く分からなくなってしまいます。

それは 若いから知らない、又は 年を重ねてるから知っている 的な感じではないので、たぶんジェネレーションの価値観ではなくて、多分普遍的な違いなのかもしれません。

なんか僕はそんな風に捉えています。 だから、その人が好きとか嫌いとかではないのですが、、、と書きたい所でしたが、どうやら自分では、そこからのやり取りや相手の出方で大きく見方というか、付き合い方が変わるよな~と思ってます。

しかし努力無しでとか、相手が合わせてくれないからとかではありません。
それぞれが大切と思う所では意見とかの衝突や議論はついてまわるので、そこでその人と向き合うことを端折ってはいけないなぁ、、もっと話をして、話を聴いてもらって努力をする事は礼儀の様に思います。

けど、どうしてもシックリ来なければ、「その人なりの次のアクション」があって、そこにその人の本性みたいな所が出るのか⁈ ‥と今ブログを書きながら思ってました。 違うかも?

僕の場合、人の意見に自分の考えや思いを合わせてしまうことが時々あるかもしれない、、、
自分でイヤな所なんですが、臆病者なのでしょうか? そういう傾向がある様です。

どうでも良い様な事では、人付き合い的に一旦調子を合せる? まぁコミュニケーションは上々かもしれない(苦笑) 苦しくならない様に、上手く流されながら生きて来て身につけた能力かも?・・・
皆さんの中にそんな事あるでしょうか? ないでしょうか? そうですか、無いでしょうね。すみません(^^;;

しかし、大事な事!自分でやりたい事!そこは自分自身で決断する! 絶対に端折ってはいけない事はあります。

それは、いつなのか? 今その時なのか? は自分で分からない時があるかもしれない。 そんな時はいろんな人に話して、意見をもらって自分自身で答えを出してみてほしいのです。

もし、例えば親とか相談者とかの様に 力のある人からの押し付け的な違和感を感じたらちょつと注意を払って、本当はどうなんだろう? は自分の思考プロセスに入れてみて、良くも悪くも自分で納得して決めた。と一旦意識付けをしたら良いと思ってます。

これも僕の意見なので、読んでくれてる人によっては、当てはまらないかもしれないけど、その後の人生を自分で決めたと云う意識に乏しいまま過ごすことになるかもしれないから、、、

その人の人生を考えると、自分自身で決意し行動することは、どれだけ大きな意味を持つかは、他人には計り知れないことだと思います。

力のある側の話をすると、もともと自身がもっているチカラを奪うこと、、何気なく「良かれと思う」であろうという価値観で、無責任な言動を日常をよく目にしますし、僕もしてるかもしれないと思ってます。 もっと言うと、 それぐらい自分自身が知らず知らず、流されるのです。

僕は自分が支援者なんて思ったことはありませんが、支援などと云うくくりのなかでは、良かれと考える事なんかは良いケースばかりではでは無い。と言う視点は意識付けようと思ってます。

そう考えると人と関わって「一緒に考えるというプロセスは、端折ってはいけないなぁ」と強く感じます。

そんな中、ある時は支援者の方の都合や無意識的に効率が良いとか面倒臭いから的に‥ 「そこはこちらが、やってあげますよ」と安易に提案したりする場面によくありがちなやり取りの様に思います。

提案される方は楽な事は断らないし、繰り返されればだんだんと自助努力を無くして行くかもしれないなぁって、最近すごくそんな事に敏感になってる自分がいます。

僕は、こんなあたりまえのような話しを、深く考えたことはありませんでした。 深いかどうかはその人の考えでもありますが‥‥




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仮説検討会

だいすけ。

21日に仮説討論会と言う事で、前日に行われた、困りごとワークショップに引き続き、北芝、宮崎先生、大江先生、慶応のゼミ生を交え、総勢20名くらいの仮説検討会となり

午前中に仮説(バージョン6)について、てるが発表をし全員で意見を出し合い、「適切な社会活動の適切って?資源って?自己と個人について、潜在能力について、内省的は人の資質OR場の性質?失敗できる空気、部分社会、全体社会、社会とは?ふらふらゾーンのイメージ」など様々な意見が出てきました。改めて思うのは、色んな人に見てもらう事で、自分の中、自分たちの中では見えなかった事や気づく事や違う事をしていてもどこか似ている部分がたくさんあると感じました。

午後からは、まじくるやスクラムに関わって頂いた人のインタビューやアンケートを元に、まじくるやスクラムと言う場所について、気になった事や普遍性を三つのテーブルに分けて話し合いました。

僕がいたグループでは、インタビューの中から、まじくるにきた人が最初は一様に戸惑っていた事から、戸惑いが一つのキーワードになり

それは最初にきた時におきる緊張といったものなどから来る、戸惑いではなく、なんかここ変だぞみたいな戸惑い。それが何故起こり、どう展開していくのか

まじくるに来た時、色々な人がいる事や講習のスタイル、社会規範や理想が最初に崩される戸惑いがあると言う事。

専門家は□(四角い)箱に対象者を当てはめて、外から見ている事に特徴があると言う事。

まじくるは○(円)の中に全員が入っていて、中でぐるぐる回って進んでいくのが特徴。

戸惑い→振り返る→意識化→全体が動いてく力ではないかとまとめました。

仮説バージョン6について疑問点などたくさん頂いたので、午前中で整理出来てなかった事、振り返りシートに書いてもらった事を見ながら、色々整理したいと思います。
全国からありがとうございました。
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