昼過ぎ、初夏の喫煙所 | 散る逢うと

散る逢うと

続・近況 嘔吐マチック






「ほんと、煙草安いよなぁ。日本って。」


喫煙所で声をかけてきた、似合わない金髪の男は人差し指と中指に挟んだ一本のマルボロをさも懐かしいそうに見つめながら、独り言のようにつぶやいた。


「あ、ライター借りてもいい?」


ポケットから半透明のオレンジ色の100円ライターを差し出すと、男はあごを前に突き出す感じに軽く会釈をし、煙草に火をつけようとした。

しかし、最近のライターは幼児が誤って火をつけないよう着火ボタンが必要以上に固くなっている。

それを知らなかったのか男は一回でボタンをうまく押すことができず、「何これ固い。どうやるの?」と聞いてきたが、その一瞬あとにもう一度強く押すと着火できたようで投げかけられた質問にこちらが反応するより先に、その言葉を空気中のあさっての方向に捨てるよう目線を私から外した。

「なんか、日本で二人で煙草すってるなんて変な感じしない?ついこないだまで極寒の地でぶるぶる震えてたっていうのにさぁ。もう半袖でいい季節だもんね。」

男はまた少し視線をあげ、遠い目をしながら語りかけてくる。

日本に帰ってきてから二か月、もう三か月ちかく経っているというのに、いまだに「ついこないだまで」なんて言うこの男の視線は私の目をしっかり見ているようでどこか焦点があっていない。

どこからどうみても東洋人のそれである平坦な顔のつくりと切れ長の釣り目に、アクセントの強すぎるブロンドの髪の毛が妙なコントラストを生んでいるせいか、男の視線は曖昧でどこか浮いているように見える。

明らかに私の隣で煙草を吸っている女に聞こえる音量で、海外生活でのあれやこれの話題ををまるで帰国子女かのように身振り手振りこちらにフッてくる。

正直、苦手なタイプの人間だ。

しかしその男の曖昧な視線は妙な無邪気さも孕んでいて、あつかましいぐらいに大袈裟な態度も身振りも、何故だか彼が肌触りの悪い自己顕示欲や優越感をこちらに押し付けてくるようには思えなかった。

本人はいたって純粋に、久々に顔を合わせた知人に対して、一服の間だけの世間話をしているだけなのかもしれない。悪気はないのだ。

そう思うと、邪険な対応もできず、なるべくその場に息苦しい沈黙がながれないように私はあたりさわりのない短い相槌をうった。


男の自慢話にも自虐話にもとれる話を聞かされるあいだ、隣の女をみると、話に熱をこめる男とは対照的に涼しげな表情で、決して目線を女にはむけない男の顔を観察するように見つめていた。


実は海外生活がこの男よりも長く、現地での仕事もいくらかこなしてきた彼女は、一年間の語学留学を終え日本に帰ってきた彼の話をどんな気持ちで聞いているのだろう。


「私もそこで前暮らしてたよ。」とは言わず、ただ黙って聞いている。


涼しげな表情からは女の感情に関するヒントは読み取れなかったが、この女が、男の話題には首を突っ込むつもりがないという空気だけは察しがついた。



海外生活自慢を周りの人間にも聞こえるよう無邪気にする男と、実は男以上に海外生活が長く帰国もつい最近であるのに、それを言わずに会話に参加する気配をまったく出さない女と、そのことを知っているのに会話を割って男に女を紹介せず毒にも薬にもならない相槌をうつことに徹している私との間に、妙な関係性を意識しだした途端、居心地が悪くなり、煙草を消し、もう行かなくちゃと会話を終わらせた。

きっとその居心地の悪さが生まれたのは、実はこのトライアングルの中で一番性悪なのは自分じゃないかと気づいてしまったせいだろう。


喫煙所を後にする時に、1つの疑問が頭をよぎり、今思えば別に聞かなくてもいい事だったが、とっさに男に質問してしまった。





「そういえば、就職活動するんで髪の毛を黒くしたんじゃなかったっけ?」



「これね、ウィッグなんだ。特注で作ってもらったんだよ。わからないでしょ?」