戦後70週年を目前に先日
生まれて初めて靖国神社へ行ってきました。
僕は理系アタマで歴史は苦手。
学校ではなんとなく戦争前に日本は
悪いことをしたという印象の授業を受けたと思う。
その「なんとなく」がずっと続いて
嫌なこと面倒なことからは
ずっと目をそらしてきた。
僕は去年から今年にかけて
ものすごく体調が悪くなり、
一時は呼吸も出来ないくらい苦しかった。
自分の中のずっとずっと奥には
自分を否定し続けている
自分自身がいることに気付いた。
小さい頃に否定的な言葉を言われ傷つき、
でも本当は違うとずっと証明しようとして
ものすごく頑固になっていた。
もうだめ、これ以上頑張れない。
よく頑張ったよ、もうやめよう。
そう思えたら回復に向かい始めた。
体調を崩していた時
友人から戦争前後の話を教えてもらう機会があった。
日本てそんなに悪い事したの?
そう問いかけられて勉強していくうちに
本当は違うのかもしれないと思うようになっていった。
僕は日本が嫌いだった。
だから外国にも行き、そのまま帰らないつもりでいた。
でも、外国にいて
「ここは僕のいるところではない」
と強烈に感じて日本に帰ってきた。
僕は勝手に他人の言葉に傷つき
自分で自分を傷つけてきた。
僕が日本を祖国と思えなかったのは
自分自身に対してと同じことをしていたからではないか。
戦前の日本人は本当に悪かったの?
仮に悪かったとしてそれは誰の基準で?
日本の兵隊さんたちは
そんなに残虐校をしたの?
僕らは彼らがいたから生きているんじゃないの?
そう思うと靖国神社へどうしても行きたくなった。
手を合わせた瞬間、
英霊たちが身体の真ん中より前側を
上から下へサーッと通り過ぎたのか
不思議な感覚におそわれた。
今までお参りに来ないでごめんなさい。
ないがしろにしていてごめんなさい。
そんな思いとは裏腹に
通り抜けていったエネルギーは
とても爽やかで優しく暖かかった。
思わずこみ上げてくるものがあり
恥ずかしく思う。
僕は英霊たちがどのような思いで戦い
そして尊い自らの命をかけたのか
理解できたように感じた。
他人の言葉で傷付いた自分自身を
受け入れよう。
ボロボロになったように思えても
自分自身を受け入れよう。
同じように他国がなんと言おうと
たとえ悪かったとしてさえも
ありのままの祖国を受け入れよう。
ここに祀られているのは
決して会うことのない
僕らのために生命を捧げた人たち。
そこには感謝の気持ちしかありません。
僕はようやく自分自身とも祖国とも
和解できたのだと思います。
- 本殿
- 遊就館に飾られる零式艦上戦闘機(ゼロ戦)
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