子ども頃の記憶は靄がかかったように朧で曖昧だ。少なくとも楽しい記憶はなかったのだと思う。ただ、春の宵のようにまったくの暗闇でもなくそして暖かかった気がする。子どもながらに先々のことに不安を抱えながらも、柔らかい、湯のような空気に包まれていた感覚は思い出せる。それは感覚であって脳裏を巡るような記憶ではない。
気がつけば親も兄弟もいなかった。自分にも誰か身内がいたはずなのに。一緒に暮らした期間が短かったのか、顔も名前も思い出せない。成長するにつれていたはずの親兄弟のことは気にならなくなっていった。
生きているという実感、共に生きる旅の仲間がいつの間にかそこにいたから。彼らと旅の目的がなくなるまで、または命が尽きるまでどこまでも旅していくのではないかと思っていた。
時折、その靄がかかったような子どもの頃の感覚、あの暖かい春の宵のような自分を包む空気が蘇って、その記憶を取り戻すために生きて旅をしているのかと思うこともある。
仲間たちと過ごしていた日々は誇り高く美しい。真冬の斬りつける冷気も跳ね返すような力強い感覚。そのなかで生きていた。それでも消えることのない幼い日の感覚。かつて自分が何者であったのかを知る時が近いのかもしれない、そう思った。