1986年3月、ポーランドのグニェズノ大聖堂で発生した「聖ヴォイチェフの銀製像盗難事件」をモチーフにした作品。
扱うテーマが重たくって暗い。
そして淡々とストーリーが進み、いつの間にか終わったって感じの映画。
1986年のポーランドのある夜、大聖堂からカトリックの象徴とも言える「銀の聖人像」が盗み出される。
その後、聖人像は一部が切り刻まれて発見される。
捜査を担当することになった警部補アンドジェイ・バラン(マテウシュ・コシチュキェビチ)は、捜査を進めるうちに、事件の背後に教会、市民、そして時の政府が絡み合う巨大な闇があることに気づく。
ポーランドの共産主義崩壊は、1989年の「円卓会議」と東欧初の自由選挙を経て、非共産党政権が誕生したことで実現した。
事件当時は経済の行き詰まりと物不足が深刻化し、国民の不満が高まっていた時代だった。
物語は、その不満を抑えようとする共産主義政権と市民との間で板挟みになるアンドジェイの葛藤を中心に進んでいく。
そのため、誰が何を盗み、犯人は誰なのかを追うサスペンスというよりも、共産主義傘下で疲弊した国民の絶望感と、社会の分断で歪んだ姿が浮き彫りになる。
当初は捜査に抜擢されたことで意気揚々としていたアンドジェイが、自身の良心や真実の間で激しく葛藤し、妻のヨーラ・バラン(レナ・ゴーラ)は夫を支える中で次第に追い詰められて、精神を病んでいく。
この病んでいく過程も暗く悲惨で、序盤はサービスカット(何でいつも下着?)も多く、あれほど明るかったヨーラが、ここまで追い詰められていくのかと思わせるほどリアルだった。
同僚のマリアン・ポレンブスキ(ドブロミル・ディメツキ)は、ポジション的にはアンドジェイの相棒であるが、悩みながらも体制側として動くことで、アンドジェイを監視・裏切るような不穏な空気を醸し出してる。
そして決定的なのが、切り刻まれた銀像の体の親指を所持していたことから取り調べを受け、陳述を拒否するグジェゴシュ・レシュチンスキ(ミハウ・ヴウォダルチク)。
彼は筋金入りの反体制派だが、その立場ゆえに裏切り者にも協力者にも見られ、翻弄されていく。
そして盗難の被害に遭った教会の神父ステファン(レシェク・リコタ)は被害者なんだが、どこか影があり、善人なのか悪人なのかも分からない。
結局、共産主義政権にとって宗教は異物であり、国民を結束させる大きな力でもあり、時の政権にはこれを抑える力がなかったということで、この中途半端な時代背景がそれぞれの欲や願望の間で揺れることになる。
終盤、アンドジェイはステファン神父の協力を得ながら偽証の証拠を掴むが、捕らえられてしまいヨーラの秘密を聞くことになる。
そして事件は解決へと向かい、犯人たちが市民の前で事件を再現して終わる。
しかし、これは真実の解明というより「完全解決」したという演出であり、アンドジェイの絶望でもある。
これを見つめる集まった市民の表情がすべてを物語ってるが、もう一捻り加えた形で終わる。
これは、失われたものを取り戻そうとする、アンドジェイのせめてもの“罪ほろぼし”を思わせ、タイトルの意味を回収しているように見えた。
当然ではあるが誰もが保身を優先し、皆さんどちらにつこうか揺れ動くが、体制側であるカルスキ大尉(アンジェイ・ムシャウ)だけは最期までブレず、ある意味、潔かった。
派手なサスペンスを期待すると肩透かしだが、歴史の転換期に翻弄された人々を描いた社会派ドラマとして観ると、良い作品だと思う。
