どこの国が発射したか分からないミサイルで葛藤する人々の姿を描いた群像劇。
東西冷戦が終わり、核戦争の脅威がなくなったというより、減ったと言われているが、そんな「もし?」を描いてる。
アメリカに対してミサイルが発射されたが、どこの国のものか分からない。
しかも度重なる迎撃も失敗し、着弾を待つばかり。
ここで「反撃していいのか?」という問になるけど、肝心な「誰に?」が分からない。
でも反撃しないと笑いものになる。
しかし、まだ着弾していない。
にもかかわらず反撃するのか?
誰かもわからないのに。
なんか禅問答のようなシュチエーションなんだが、現実も同じで、仮想敵国を想定してるだけなのではないか。
と、いうことを伝えたかったんじゃないかな。
何度も登場する「射たれたのに反撃しないと相手がのさばる」というセリフ。
一方で、「被害が出てから射っても遅い」のではないか。
よく考えると、この2つってすごく矛盾するよね。
誰か分からんのに。
だからアメリカはこれまで架空の話をでっち上げて他国を攻撃してきた。
に通じるような気がしたが、おかしいかな。
ちなみに私はパヨクではありません。
着弾まで 17分と言ってからがやたらに長くのんびりしていて、いまいち緊迫感が感じられなかった。
のんびり描くことで「決断の重み」を強調することができるかもしれんけど、それが逆に禅問答っぽいジレンマを深めてると思う。
時系列を羅列するよりいっそのこと、時間(カウント)を入れてシーンを切り替える演出にした方が、緊迫感があって良かったと思う。
あと、職員が家族に電話するシーンが何度かあったけど、もし反撃したら相手方にも家族や暮らしはあるんよね。
散々問いかけておきながら「どう思います?」の終わり方はずるいと思う。
宙ぶらりんはいいとして、スカッとしないので、同じ宙ぶらりんで終わるにしても、何か一手打って欲しかった。
