住井すゑ原作の映画化作品。
部落差別の現実を描いた第一部と、部落解放運動へ進む第二部の2部構成で、部落差別を本格的に描いた映画。
奈良県の被差別部落・小森に住む畑中ふで(長山藍子)は、夫を戦争で亡くし、姑のぬい(北林谷栄)、長男・誠太郎(高宮克弥)、次男・孝二(大川淳)の4人で暮らしている。
物語は孝二を中心に進む。
「穢多(えた)」は被差別部落の人々を指す言葉で、作中では「えった」と発音され、吐き捨てるような言い方が醜くく、「えった」の言葉の数だけ打ちひしがれる。
しかし差別する側は「それが?」という態度。
「えった」と言って何が悪い、お前らが「えった」なのは事実やろと、そう言い放つ。
しかし、言われる側にはこれほどの侮辱はない。
子どもが部落民の子を見下すのは、大人の振る舞いの模倣で、上流の水は下流に流れる水と同じ。
小森の「えった」は人間とみなされず、彼ら自身も運命と諦めて受け入れている。
育つにつれ人間としての尊厳が削がれていく。
それでも坂田との「提灯落とし」では勝ちたい、負けたくないという気持ちが残り、「小森頑張れ!」の声が痛々しく響く。
飛田の女郎・おやまに出している娘・なつに、永井藤作(伊藤雄之助)が金の無心に行く場面。
屋台で知り合った男(地井武男)の「わしは石山やで」に対し、藤作が「わしは小森や」と言って意気投合する。
阻害された者同士には横のつながりがあり、地名そのものが威嚇になる不思議。でも、これは事実。
姑のぬいは、孫の誠太郎が学校で問題を起こすと乗り込んだり、荒くれ者の藤作もよくあしらい、在処の人々にも一目置かれている存在。
何より、ぬいを通じて当時の小森の人々の現状が丁寧に描かれている。
嫁のふでを演じる長山藍子は馴染んでいて、嫁いで初めて姑ぬいに意見する場面では、それまでの健気な嫁から一転、演技の素晴らしさが光る。
耐えながらも生きる強さを、表情一つで見事に伝えている。
昔の映画は言葉を大事にし、「せやねん」「わやんなった」といった美しい方言が懐かしい。
その言葉ひとつで、どこに住んでいるかがわかるという演出にもなっている。
蛇足だが、子どもの頃「河内のおっさんの唄」が流行り、河内弁は下品とされ校内放送禁止になったことがある。河内には部落民は多く住んでいて、私自身も近鉄奈良沿線に住んでいた。
河内永和から若江岩田、俊徳道、長瀬、弥刀には屠殺場や火葬場があり、河内一帯には部落民が多く住み、長瀬・弥刀は密集地だった。
布施から鶴橋にかけては朝鮮人が密集し、朝鮮人・中国人と被差別日本人・差別日本人が共存して暮らす場所だった。沖縄の人もいたかな。
奈良市では部落民に行政が過度な施策を施し問題になったことがあるが、まだ続いていたのかと言うのが正直な感想やった。
部落民への「行政の手厚い施策」や「牛の生首事件」など、選挙でのゴタゴタも体験。
行政支援の光と差別の影を、目の当たりにしながら育ったからね。
オープニングクレジットで「音楽 間宮芳生」の文字を見つけたが、間宮芳生といえば吹奏楽の定番作曲家。
昭和映画では團伊玖磨、芥川也寸志、黛敏郎なども作品に深みを与えていた。
