MAGICのブログ -31ページ目

MAGICのブログ

ブログの説明を入力します。

先日、『Sugar Man ~ 奇跡に愛された男』についてブログを書いた。



このロドリゲスの波乱万丈で信じられない奇跡に彩られた人生は、本当に驚きと感動だった。



しかし、この映画の制作にまつわる話には、知られざるもう一つの奇跡が存在する。




スウェーデンの映像作家:マリク・ペンジェルールが、ロドリゲスの奇跡の物語を知ったのは06年のこと。



5年間TV局でドキュメンタリー番組を制作した彼は、アフリカと南米を旅して、題材を探していた。



南アフリカ ケープタウンでこの「おとぎ話みたいな」、今までの人生で出会った最高の物語を知る。



そしてその映画化を思い立つ。



とは言え、彼にはスポンサーもなく、映画の制作資金がない。



誰も彼に資金の援助をすることもなく、途方に暮れた。



だけど、どうしてもこの物語を映像にしたかった彼は驚くべき、行動を取る。



通常の映像用カメラのない彼は、持っていたアイフォン4に、たった1ドルのスーパー8をダウンロードして撮影を始めた。



いまどき、日本なら女子高生でも持っているアイフォン4(今は5かな?)で映画を撮影しようなどと誰が考えるだろう。



そしてこのドキュメンタリーのかなりの部分は、このアイフォン4で撮影したというから驚きである。



それでも4年後には、9割がた撮影は終わっていたが、撮影をあきらめたらしい。



ありったけの資金をつぎ込んだ彼は洋服も買えなくて、穴の開いた服を着て、食事にも困っていたらしい。



そしてこのままでは生活ができなくて、撮影を断念し、お金の稼げる普通の仕事を始めた。



だが、そのぎりぎりの所で、サンダンス映画祭に出品してみようというスポンサーが現れた。



サンダンス映画祭でオープニング作品に選ばれた本作品は大評判を呼んだ。



そして各地の映画祭で賞を取り、米国でたった3館で封切られたこの映画は瞬く間に、50倍の150館以上で上映されることになった。


そして見事に第85回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞した。



これこそまるでおとぎ話のような奇跡のサクセスストーリーである。



もし、マリク・ペンジェルールがあの時点で映画化をあきらめていたら・・。


もし、サンダンス映画祭でのスポンサーが見つからなかったら・・・。



この奇跡の物語も陽の目を見ることなく、歴史の中に埋没して人々を感動させることも無かっただろう。



そう考えると自身の奇跡だけでなく、ロドリゲスは本当に『奇跡に愛された男』だったのかも知れない・・。

やっと観ることが出来た。


『奇跡に愛された男~Sugar man』



昨年、サンダンス映画祭初め、ロスアンジェルス映画祭等の7つの映画祭で賞を総なめにした。


そしてついに2012年・第85回アカデミー賞を受賞した実話、珠玉のドキュメンタリー映画である。




以前、映画会社に勤めていた時は、ジャンル、国に関わらずいろんな映画を観ていた。


もちろん今回のような単館アート系の作品もよく観ていたのだが、最近は時間がなく、メジャー系作品くらいしか、あまり観る機会が無かった。



こんな感動したアート系作品に出合ったのは、本当に久し振りである。




1960年代、米国デトロイトの場末のバーで、一人の男がギターを弾いて唄っていた。



彼の名は、「シクスト・ロドリゲス」




やがて彼の才能を見出したプロデューサー:マイク・セオドアらに見出され、レコードデビューを果たす。


しかし、リリースした2枚のレコードは商業的に大失敗し、全く売れず、レコード会社を解雇される。



そして、ロドリゲスは音楽シーンから完全に姿を消し、その名前を知る者もいなかった。



それからロドリゲスは家族を養うため、日雇い労働者に戻り、毎日、建設現場で働いていた。




普通であれば、物語はそこでおしまい。


夢破れ、普通の生活に戻るミュージシャンは世界にゴマンといるだろう。





ところが、結婚して南アフリカに移り住んだある米国人女性が持ち込んだ1枚のレコードが奇跡を呼ぶ。



その当時の南アフリカはアパルトヘイト政策(人種差別)のまっただ中で弾圧、思想統制が布かれていた。



そして抑圧された国民に、体制や社会を批判する自由と夢を与えたこのレコードが、じわじわと売れ、大ヒットする。



その当時の南アフリカで2つの家庭に1枚はこのロドリゲスの1stアルバム「コールド・ファクト」があったというから驚きである。



そして海外の情報規制が厳しい南アフリカでは、米国で無名のロドリゲスはビートルズやストーンズ、プレスリーに匹敵する超スーパースターだと信じられていた。





そしてその謎のスーパースターの消息を知ろうと、南アフリカのジャーナリストが調査を開始した。



ところが全く分からない。




当然である。米国では誰も知らない、本当に無名の労働者に過ぎないのだから・・・・。



そして半年ほど探したが全くこの謎のスーパスター(と信じている)の情報が分からない。


そしてもうあきらめかけた時に、また奇跡が起こり、衝撃の事実に直面する・・・。


そのサイトを見たロドリゲスの娘さんが、連絡してきて、事情を説明するが信じてもらえない。



日雇い労働をしている父親が、本人も全く知らない地球の裏側で、国民的なスーパースターになっていたなどと誰が信じられるだろう。




半信半疑で行った南アフリカでコンサートをやったロドリゲスの目の前で広げられた光景は、2万人を超す熱狂的なファンが立ちあがり、一緒に全曲を熱唱する感動のシーンだった。




正直、このコンサートのライブフィルムの映像は、魂を揺さぶられた。



そして6回の南アフリカツアーを終えたロドリゲスは、故郷デトロイトへ戻りまた元の生活を続けている。





もし、このまま南アフリカに居ればビートルズやストーンズに並ぶ超スーパースターとして、金も名声も思いのままに手に入れられただろう。


米国でもこの奇跡のストーリーを武器に売れだせば、リバイバル大ヒットも間違いないだろう。




しかしロドリゲスは、今も質素でつつましく、日雇い労働者として生活している。



今回の第85回アカデミー賞の授賞式も欠席し、何の関心も無いらしい。




この夢のような奇跡の物語にも感動したが、このロドリゲスの男の生き様、ロッカーとしての揺るぎない魂に心底、感動した。




最後に、ロドリゲスの言葉で締め括りたい。



「君の時間をありがとう。


    君も俺の時間にありがとうと言う。



       そしたら、もう忘れてくれ」  ~ロドリゲス~


シュガーマン 奇跡に愛された男


最近、またドラムにはまっている。



少し、ギターに飽きたせいか、毎日のようにドラムを叩いている。


Rolandの電子ドラムだが、これが優れ物。


今はマンションに住んでいるのだが、ヘッドホンをしてi-Podやウォークマンに接続して曲に合わせて叩く。


音は漏れないし、これならマンションでも朝から晩まで叩いても苦情は来ない。



しかも今は教則本も充実し、プロのドラマーのDVDまで付いているのは当たり前。


懐かしいロックバンドのバンドスコアもすぐに手に入る。


しかもYouTubeでは、いろんな人がいろんな曲を叩いてそれをアップしている。



世の中に、これほど教えたがりの人が多い事に驚くが、便利な世の中である。



僕が高校時代、近所のお姉さんがヤマハのドラム教室に通っていた。


カーペンターズの曲が好きで、よく歌いながらドラムを叩いていた。



そのお姉さんにドラムを最初習ったが、バスドラに毛布を入れ、スネアにも布巾を被せ、騒音にとても気を使っていた。


だから教えてもらうのも、日曜日の午後の早い時間だけ。夜にドラムなんてとんでもない時代だった。


大学に入ってからも、自室では電話帳を叩いてパラディドルの練習をしたものだが・・・。


今は夜中でも、ヘッドホン付ければ練習ができる。



もっとも高校時代はギター小僧だったので、受験勉強そっちのけでギターばかり弾いてた。


日曜も親の目を盗んで、ギター抱えてバンドの練習に行く時の、何となくうしろめたい気分が好きだった。




当時は髪の毛逆立ててロックなんてやるのは、不良のように思われてた時代。


しかし、矢沢の永ちゃんはあんなにビッグになり、ビートルズもロンドン・リバプールの4人の不良少年が世界の音楽シーンを塗り替えた。


今の何でも手に入る便利な世の中に、あんな世界を変えるアーティストが生まれるのだろうかと、ふと考えた。