「jazz」「プロレス」そして「格闘技」…byドランゴ-101016_2209~01.jpg

今のプロレス海にも
ひょっとしたら一夜にして
スーパースターは
現れるかもしれません。

けれど、写真のような
レスラーは一夜にして
生まれることはありません。

相撲海という荒波に揉まれ、
アメリカ・マット海では
外来種として徹底に嫌われ、
サケのように古巣に
戻ったあとは、
ボスを守ることに徹し、
やって来る外来種に
真っ先に戦う
門番として働きます。

マット海で20年、
生き抜くと
ようやくこんな
レスラーに成長するのです。


かつての日本マット海には
このようなレスラーが
多く目撃されたのですが
80年代あたりから
ぽつりぽつりと
姿を消していきます。

こんなアクが強く
コクのある顔をした
この種のレスラーは
どうやら21世紀には
絶滅してしまったようです。
そういえば引退試合には
行ったことないなぁ、と
ずっと思い込んでいた。

それがつい最近、
ブログを書き綴るうちに
「あぁ、見に行ってたわ」と
思い出した。

そのレスラーは
日本のマット界に
影響を与えた外人レスラーの中で
間違いなく五本の指に入ると
自分は断言できるほどの
レスラーだった。

しかし、そのレスラーが
最後の試合だったと知っていた観客は
誰一人いなかったはず。

仲間のレスラーですら
それを知っていたのか・・・

けれど、彼は覚悟を
決めてリングに上がったからこそ
彼は試合前に
テンガロンハットを観客席に投げ入れたのだと思う。

自分もそのシーンは
はっきり覚えている。

自分の気持ちに余裕があれば、
彼がその時、
テンガロンハットを投げ入れることへの
メッセージを
悟ることができたかもしれない。

けれど・・・

あのときの自分は

前月に子供も生まれ、
それに合わせて転職した
仕事も上手くいかず
そんな余裕なんて
全くなかった。

今からちょうど十年前の
2000年10月の
武道館。

三沢達が抜けたその時の
全日本プロレス同様、
自分の行く道も
先が全然、見えなかった・・・