やっほー!村人ですチョキ牛チョキ

 

日本はコロナだけど大丈夫?えー

 

なんていう風に外国の友達から聞かれるけど、

 

大丈夫ではないのではないかな笑ウインク

 

笑い事じゃなくて本当にコロナによる経済的ダメージはもちろん、最近ではコロナ鬱なんていう精神面での問題まで起きているショボーン

 

 

 

特に今週末は不急の都内へのお出かけは自粛要請

 

 

 

他の国は外出禁止にできるのに日本はこういうところは初動がやはり遅いなぁと感じる真顔

 

 

こんな時は家でコーヒーなんて人もいるかもしれないかコーヒーにまつわるお話をつづけることにしようコアラ

 

 

この前の記事ではコーヒーを最初にのんだ日本人の感想みたいなやつを書いた。

 

 

今日はその続き、ムフフなカフェについてのお話ラブ

 

 

 

日本でカフェが初めてできてから20年たったころ、墨田川沿いに文化人が集まってた西洋料理のお店がありましたリキュールコーヒー

 

 

 

木下杢太郞の著書でこの店は『東京最初のカフェ』と言ってもよい場所だと書いていますコーヒー

 

 

 

また、こういう文化人の活動から生まれた銀座のカフェがあります照れ

 

 

その名も

雷『カフェー・プランタン』雷

 

洋画家の松山省三さんが画家仲間とたちあげたこの店は芸術家が語り合うサロンとしてこの世に姿を現しましたびっくり

 

 

そして、今でいうホステスみたいな女給を雇い、会員制であったために一般人に対する敷居はかなり高かったといいますチーン

 

 

多分当時の一般人からしたら、敷居が高すぎてつまづくどころか壁だと思ってるかもな(何の話やねん)真顔

 

有名どころでいえば、森鴎外、北原白秋などが来ていたようです。

 

 

勿論女給と大人な関係デレデレがあったともいわれているので、文化人らしいといえばそうなのかもしれません。

 

 

さぁ、そんな感じのムフフなカフェ。現代でいえば高級クラブみたいな感じだったのかなちゅー

 

 

だって、文化人がメイドカフェにはいかなそうだしな(偏見)

 

 

文化の最先端にいるから文化人お父さんおじいちゃんおばあちゃんお母さん

 

そんな文化人を目指しながら

 

次回はカフェが一般人に浸透するようになった経緯についてお話しするよ

 

ではまたカエル